アーレーテー

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アーレーテーの膝にすがりつくオデュッセウス。アーギュスト・マルムストレムの1853年の絵画『パイアーケス人の王アルキノオスの前のオデュッセウス』。スウェーデン国立美術館所蔵。

アーレーテー古希: Ἀρήτη, Ārētē[1][2])あるいはアレーテーArētē[3][4][5])は、ギリシア神話の女性である。長音を省略してアレテとも表記される。スケリア島のパイアーケス人の王族レークセーノールの娘で、アルキノオス王と結婚し、王女ナウシカアーの母となった[6]アルゴー船の冒険譚、およびイタケー島の王オデュッセウスの帰国譚に登場する。

ホメーロス叙事詩オデュッセイアー』では、アーレーテーより他に夫に大切にされている女性はなく、夫や子供たちだけでなくパイアーケス人の誰からも尊敬されており、また分別の優れた人柄ゆえに好意を抱いた相手ならば争いの仲裁もすると語られている[7]

系譜[編集]

『オデュッセイアー』によると、アーレーテーは傲慢であったために神々に滅ぼされたギガースの王エウリュメドーンの子孫にあたる。エウリュメドーンの娘ペリボイア海神ポセイドーンとの間にパイアーケス人の初代の王ナウシトオスが生まれ、ナウシトオスには2人の息子アルキノオスとレークーセーノールが生まれた。アーレーテーはレークセーノールの娘であり、父は結婚して間もなく世を去り、その後に彼女はアルキノオスと結婚した[8]。2人は子に恵まれ、ラーオダマースハリオスクリュトネーオス[9]、および1女ナウシカアーが生まれた[6]

神話[編集]

アルゴー船の冒険[編集]

 パイアーケス人の系図(ホメーロスオデュッセイア』より)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エウリュメドーン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ポセイドーン
 
ペリボイア
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ナウシトオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レークセーノール
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アーレーテー
 
 
 
アルキノオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ラーオダマース
 
ハリオス
 
クリュトネーオス
 
ナウシカアー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ロドスのアポローニオス叙事詩アルゴナウティカ』によると、アルゴナウタイが訪れたとき、アーレーテーの夫アルキノオスは国を挙げて盛大にもてなした[10]。その後、コルキス人が島を訪れて王女メーデイアの引き渡しを要求した。メーデイアはアーレーテーにすがりついて懇願した。「どうか私をコルキス人に引き渡して、父アイエーテースのもとに帰らせることをしないでください。誓って言いますが、私は自ら進んで彼らと家を出たのではありません。恐怖に急き立てられ、他に良い考えも浮かばず、こうするより他になかったからです。私は今でも清らかなままです」。

その夜、アレーテーは夫にどうするつもりなのか尋ねた。するとアルキノオスはもしメーデイアがまだ処女である場合はコルキス人に引き渡すが、彼女がすでにイアーソーンと男女の関係になっているならば2人の仲を引き裂くつもりはないと話した。そこでアレーテーはその夜のうちに夫の考えをアルゴナウタイに伝えたので、メーデイアとイアーソーンは神聖なマクリスの洞窟で結婚し、初夜を迎えた[11][12]。翌日、アルキノオスはメーデイアがイアーソーンの妻となっていることを理由に、コルキス人への引き渡しを拒否する裁きを下した。コルキス人はアイエーテースの怒りを恐れ、帰国を諦めて島に住み着いた[3][13]。アルゴナウタイの出港に際してはアルキノオスと同様にアーレーテーも多くの品を贈り、さらにメーデイアのために12人の侍女を与えた[4][14]

オデュッセウスの帰国[編集]

スケリア島にたどり着いたオデュッセウスは、最初に出会った王女ナウシカアーから着る物と食べ物とを与えられるが[15]、このときオデュッセウスがもらった衣類はアーレーテーが女中たちとともに作ったものであった[16]

その後、島の少女に変身したアテーナーの勧めでアルキノオスの王宮に行った。オデュッセウスはアテーナーが起こした濃い霧に包まれて誰の目からも隠されていたため、すんなりと館の中に入り、アーレーテーとアルキノオスのそばまで来ることが出来た。そしてオデュッセウスが跪いてアーレーテーの膝に手をかけるとアテーナーの霧が消えたので、その場にいた誰もが突然現れた見知らぬ男に驚く中、オデュッセウスはアーレーテーとアルキノオスに「国に帰ることが出来るよう取り計らってほしい」と懇願した[17]。その場にいた者たちはオデュッセウスの話ぶりに感嘆し、故郷まで送り届けることに賛成した。一方でアーレーテーはオデュッセウスの着ている服が自分の作ったものであることに気づき、オデュッセウスが何者で、どこから来たのか、またその服を誰からもらったのかを尋ねた。そこでオデュッセウスはカリュプソーの島を出てからのことを話し、また館に来る前に王女と出会っていたことを話した[18]

またオデュッセウスの冒険譚を聴いているうちに夜が更けたとき、アーレーテーは一同に向かって口を開き、「そなたたちはこのお方の容姿や人柄を見てどう思われますか。このお方は私の大事な客人ですが、そなたたちもまた彼をもてなす栄誉にあずかる者たちです。であれば慌ただしくお帰りになるようなことがあってはなりませんし、苦難に見舞われたこの方に、土産を惜しんではなりませんよ」と言うと、アルキノオスも同意して、オデュッセウスを無事に故郷まで送り届けることはもちろん、土産として財宝を用意することを約束した[19]。帰国に際しては、オデュッセウスはアーレーテーに杯を手渡しながら「死が訪れるその時まで、お子様やアルキノオス王といつまでも楽しくお暮らしくださるように」と挨拶し、アーレーテーも港まで数名の女中をオデュッセウスにつけてやり、衣類や食料、葡萄酒を持って行かせた[20]

脚注[編集]

  1. ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.40a。
  2. ^ 呉茂一 2007年改版(上)p.290ほか
  3. ^ a b アポロドーロス、1巻9・25。
  4. ^ a b アポロドーロス、1巻9・26。
  5. ^ ヒュギーヌス、23話。
  6. ^ a b 『オデュッセイアー』6巻17行。
  7. ^ 『オデュッセイアー』7巻66行-74行。
  8. ^ 『オデュッセイアー』7巻54行-68行。
  9. ^ 『オデュッセイアー』8巻118行-119行。
  10. ^ ロドスのアポローニオス、4巻995行-996行。
  11. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1130行-1131行。
  12. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1141行-1164行。
  13. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1176行-1223行。
  14. ^ ロドスのアポローニオス、4巻1221行-1222行。
  15. ^ 『オデュッセイアー』6巻211行-250行。
  16. ^ 『オデュッセイアー』7巻234行-235行。
  17. ^ 『オデュッセイアー』7巻133行-153行。
  18. ^ 『オデュッセイアー』7巻226行以下。
  19. ^ 『オデュッセイアー』11巻333行-353行。
  20. ^ 『オデュッセイアー』13巻56行-69行。

参考文献[編集]