アールパード橋

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アールパード橋
Arpadhid.jpg
通行対象 片側3車線ずつ+トラム
交差 ドナウ川
所在地 ハンガリーの旗 ハンガリーブダペスト
正式名称 Árpád híd
特性
形式 ビーム橋
全長 981m (3,219 ft)
27.6m (91 m)
最大支間長 457.2m (1,500 ft)
歴史
開通 1950年11月7日
統計
日平均通行量 150,000
アールパード橋はブダペストで一番の幅を有す

アールパード橋:Árpád híd)とは、ハンガリーブダペストにありオーブダ地区とペシュト地区を結ぶドナウ川にかかる橋である。

概要[編集]

アールパード橋はハンガリーで最も長い橋で、橋に繋がる部分を含めると約2km(1.24mi)の長さがあり、橋本体だけでも928m(0.58mi)の長さがある。幅は歩道や自転車専用道路を含めて35.3m(116ft)でこの幅も国内最大である。

橋のオーブダ側はフローリアーン広場とセントレーレク広場になっており、オーブダの中心地やヴァザルリ・ヴィクトルカシャーク・ラヨシュの博物館に近い位置になっている。橋の中央部にあるマルギット島にもアールパード橋は繋がっているが、マルギット島より少しオーブダ側にあるオーブダ島にはこの橋は繋がっていない。橋のペシュト側ではブダペスト地下鉄3号線アールパード橋駅が隣接している。

歴史[編集]

第一の橋[編集]

1939年に建設計画がコシャルカ・ヤーノシュによって持ち上がった。計画時の名称は現在と同じアールパード橋で、第二代ハンガリー大公アールパードから名を取っている。

第二次世界大戦の勃発により、この橋の建設完了は戦後の1950年11月7日となった。また、当時は共産主義治世下であったので、この橋はアールパード橋として開業せず、ヨシフ・スターリンから名を取ったスターリン橋(洪:Sztálin híd)として開業した。また、最後の工事はセーキー・カーロイサーヴォイ・パールによって行われた。

柱は現用の配置で設置されたが、元々の橋は片側一車線及び鉄道線路(トラム用、但し鉄道橋が出来るまでは貨物列車も使用していた)、歩道の幅しかなかった。この橋の幅は13m(42.65ft)であり、うち11m(36ft)が道路及び線路、残りの1m(3.28ft)ずつが両脇の歩道であった。この時の線路の位置は現在もそのままである。

また、1958年には橋の名前がアールパード橋に改められた。

拡幅[編集]

1980年から1984年にかけて大規模な拡幅工事が行われ、道路を片側二車線ずつ増やし、かつ歩道を拡幅した。また、トラムの線路が橋の両端にある交差点を通る様になった。

この計画には近接するカーロイ・ローベルト通り(及びその先に続くフンガーリア通りとカールマーン・ケニュヴェシュ通り)との3車線道路及び線路の接続も含まれていた。この計画はフンガーリア・ケルギュールー(ハンガリー環状線)計画と呼ばれた。しかし、カールマーン・ケニュヴェシュ通りでは旧市街周辺しか計画が進捗せず、ラーコーツィ橋が出来るまでこの計画は続いた。

外部リンク[編集]

座標: 北緯47度32分16秒 東経19度03分12秒 / 北緯47.53778度 東経19.05333度 / 47.53778; 19.05333