アンナ・シードロヴァ

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No image.svg アンナ・シードロヴァ Curling pictogram.svg
Anna Sidorova - Vancouver 2010.jpg
基本情報
出生国 ロシアの旗 ロシア
出身地 モスクワ市
生年月日 (1991-02-06) 1991年2月6日(27歳)
オリンピック
4人制
出場回数 2回
出場大会
最高成績 7位
2018年2月25日現在
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アンナ・ヴラジーミロヴナ・シードロヴァロシア語: А́нна Влади́мировна Си́дорова[注 1] 、1991年2月6日 - )は、ロシア連邦の女子カーリング選手である。「シードロヴァ」は「シドロワ」とも表記される[1]。ロシア・シニア代表チームのサード(ロシア語では「副将 вице-скип 」とも呼ばれる[2])を務めており[3]2010年バンクーバーオリンピックのいくつかの試合では正スキップ英語版(主将)のリュドミーラ・プリヴィーフコヴァに代わってスキップも務めた[4]2015年世界女子カーリング選手権大会以降はロシア代表のスキップを務めている。

概要[編集]

ソビエト連邦ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国時代のモスクワ市に生まれた[3]

6歳から13歳までフィギュアスケートに取り組んでおり、 1 級を保有していた。当初は軍中央スポーツクラブ学校で学び、のちに有名な指導者リュボーフィ・フェドルチェンコのスタジオで学んだ。しかし、足に負った重度の怪我が原因で引退を余儀なくされた[3]

スポーツなしで悲しむことのないよう考えた知り合いの助言でカーリングに挑戦することになった。2005年から競技を始めたが、半月後にはマスター候補に名を挙げ、世界ジュニアカーリング選手権に参加するようになった。最初はモスクワの高等スポーツ技術試験学校「モスクヴィーチ」ロシア語版のカーリングチーム「モスクヴィーチ」でプレーした。スヴェトラーナ・カラルプが、最初のトレーナーとなった[3]。その後、同じくモスクワに本拠地を持つチーム「モスクワ」のメンバーになった。オーリガ・ジャルコーヴァロシア語版をスキップとするチーム「モスクワ」において、シードロヴァは2008年以降ロシア大会での三期連続優勝を経験している[5]

2009年には、ロシアのカーリング第2チームを編成した。ある試合では、アンナのチームは主力チームより好成績を挙げた。2010年1月、シードロヴァは主力チームへ招集された。バンクーバーオリンピックの試合ではサードを務め、一部の試合ではスキップを務めた。

ロシア国立人文大学ロシア語版に籍を置いており、政治史法史学部で学んでいる[3][1]

成績[編集]

参加したチームの成績。

ロシア大会[編集]

ヨーロッパ大会[編集]

世界大会[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

外部リンク[編集]