アンナ・カタリーナ・フォン・ブランデンブルク

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アンナ・カタリーナ・フォン・ブランデンブルク

アンナ・カタリーナ・フォン・ブランデンブルク:Anna Katharina von Brandenburg, 1575年6月26日 - 1612年4月8日)は、デンマーク=ノルウェーの王クリスチャン4世の最初の王妃。デンマーク語名ではAnna Cathrine af Brandenburg。

ブランデンブルク選帝侯ヨアヒム・フリードリヒと妃カタリーナの娘として、ヴォルマーシュタットで生まれた。

1597年11月に、ハンスボー城(南ユトランドにあったが、のち焼失した)でクリスチャンと結婚した。クリスチャンの最初の妃であるが、彼女についてはよく知られていない。夫に同行してしばしば旅行したが、政治的に影響力を行使することはなかったと思われている。存命中、穏やかな気性で深い信仰心をもった女性と賞賛されていた。アンナ・カタリーナが王妃であった頃にローゼンボー城の建設が始まったが、建物や内装に彼女の意向があったのかどうかも定かでない。

子女[編集]

  • フレデリク(1599年、夭折)
  • クリスチャン(1603年 - 1647年)
  • ソフィー(1605年、夭折)
  • エリサベト(1606年 - 1608年)
  • フレデリク3世(1609年 - 1670年)
  • ウルリク(1611年 - 1633年)