アンドレイ・パナディッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
アンドレイ・パナディッチ Football pictogram.svg
Andrej Panadić.jpg
2016年のパナディッチ
名前
愛称 パナ
ラテン文字 Andrej PANADIĆ
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 1969年3月9日
出身地 ザグレブ
身長 188cm
体重 84kg
選手情報
ポジション DF
代表歴
1989-1990 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 3 (0)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アンドレイ・パナディッチ(Andrej Panadić、1969年3月9日-)は、クロアチア(旧ユーゴスラビアザグレブ出身の元サッカー選手

長身で空中戦に強く、ディフェンスリーダーとしての統率力も高いセンターバック。「パナ」の愛称で親しまれた。スキンヘッドの風貌が特徴。

経歴[編集]

クロアチア出身のパナディッチは母国のクロアチアのディナモ・ザグレブ、当時ドイツ2部のケムニッツァーFCKFCユルディンゲンドイツ・ブンデスリーガの名門ハンブルガーSVなどでプレー。ハンブルガーSV時代はUEFAチャンピオンズリーグ本大会にも出場、アウェーのスタディオ・デッレ・アルピで行われた試合でユヴェントスを3‐1で破るなどの好結果に貢献した。

2001年イヴィツァ・オシム監督率いるオーストリア・ブンデスリーガSKシュトゥルム・グラーツに移籍。しかしレギュラーに定着するには至らず、僅か1シーズンで退団。

2002年6月名古屋グランパスエイトに移籍。名古屋では3バックのリベロとして活躍したが、2004年ナビスコカップジュビロ戦で負傷し、6月に解雇された。試合中でも、パナコールに、手をあげてこたえる愛らしさも、好まれた。2005年1月にはオーストリア2部のFCケルンテンのテストを受けたが、左膝の負傷を機に引退した。

2008年に08-09年シーズンから名古屋時代のチームメイトであったヴァスティッチが在籍するオーストリア・ブンデスリーガLASKリンツの監督に就任することが発表された。

ディナモ・ザグレブ在籍中の1989年にユーゴスラビア代表に初選出される。ワールドカップイタリア大会のメンバーにもエントリーされたが、試合出場はなかった。

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ユーゴスラビア リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
1988-89 ディナモ・ザグレブ 28 3
1989-90 ディナモ・ザグレブ 30 4
1990-91 ディナモ・ザグレブ 18 0
スロベニア リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
1991-92 ヒット・ゴリツァ 20 0
クロアチア リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
1992-93 クロアチア・ザグレブ 29 3
1993-94 クロアチア・ザグレブ 23 4
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
1994-95 ケムニッツ ブンデス2部 32 4
1995-96 ケムニッツ ブンデス2部 33 2
1996-97 ユルディンゲン ブンデス2部 31 2
1997-98 ハンブルガー ブンデス1部 13 2
1997-98 ユルディンゲン ブンデス2部 14 1
1998-99 ハンブルガー ブンデス1部 26 2
1999-00 ハンブルガー ブンデス1部 29 1
2000-01 ハンブルガー ブンデス1部 24 0
2001-02 ハンブルガー ブンデス1部 9 0
オーストリア リーグ戦 リーグ杯オーストリア杯 期間通算
2001-02 シュトゥルム・グラーツ ブンデスリーガ 14 1
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 名古屋 37 J1 22 0 - 3 0 25 0
2003 名古屋 3 J1 26 3 4 0 2 0 32 3
2004 名古屋 3 J1 3 0 2 0 - 5 0
通算 ユーゴスラビア 76 7
スロベニア 20 0
クロアチア 52 7
ドイツ ブンデス1部 101 5
ドイツ ブンデス2部 110 9
オーストリア 14 1
日本 J1 51 3 6 0 5 0 62 3
総通算 424 32

代表歴[編集]

外部リンク[編集]