アンドレアス・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータ

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Andreas
アンドレアス
Prince Andreas.jpg
ザクセン=コーブルク=ゴータ公アンドレアス(2013年6月)
生誕 1943年3月21日(72歳)
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国プロイセン州カーゼル=ゴルツィヒ、カーゼル城
別名
宗教 キリスト教
宗派 ルーテル教会
配偶者 カリン・ダーベルシュタイン
子供
父:フリードリヒ・ヨシアス
母:ヴィクトリア・ルイーゼ

アンドレアス・プリンツ・フォン・ザクセン=コーブルク・ウント・ゴータドイツ語: Andreas Prinz von Sachsen-Coburg und Gotha, 1943年3月21日 - )は、ドイツテューリンゲン地方の旧諸侯ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵家の家長(1998年 - )。

経歴[編集]

ザクセン=コーブルク=ゴータ公爵家家長フリードリヒ・ヨシアスと、その最初の妻のゾルムス=バールト伯爵夫人ヴィクトリア・ルイーゼ英語版の間の一人息子としてカーゼル=ゴルツィヒ英語版のカーゼル城で生まれた。両親は従兄妹同士だったが、アンドレアスが生まれて3年後の1946年には離婚した。1949年、ベルヒテスガーデンに駐留していたアメリカ占領軍の将校リチャード・ウィッテンと再婚した母とともに継父の母国アメリカ合衆国ニューオーリンズに移住し、当地で教育を受けた。

1965年、ベトナム戦争に際して徴兵忌避のためにアメリカを出て西ドイツコーブルクに移った。1966年から1968年にかけて、兵役によりオイティーン英語版駐屯の第6戦車偵察大隊(Panzeraufklärungsbataillon 6)に配属された。その後、林業関係企業の実習生を経て1969年から1971年まで、ハンブルクの林業専門学校で学んだ。1971年6月18日、ハンブルクにおいて工場経営者の娘カリン・ダーベルシュタイン(Carin Dabelstein, 1946年 - )と結婚した。この結婚は公爵家家内法に定められた対等結婚の規定に反したが、父フリードリヒ・ヨシアスの承諾を得たため、家督相続の見地からは正当な結婚と認められた。

1998年に父の死により家督を相続し、現在はバイエルンテューリンゲンオーストリアなど各地に公爵家が所有する森林や、多くの城館・地所を経営している。

子女[編集]

妻カリンとの間に2男1女を儲けた。

  • シュテファニー・ジビラ(1972年 - )
  • フーベルトゥス・ミヒャエル英語版(1975年 - ) - 2009年、アメリカ人女性ケリー・ロンデストヴェットと結婚
  • アレクサンダー・フィリップ(1977年 - )

外部リンク[編集]

先代:
フリードリヒ・ヨシアス
ザクセン=コーブルク=ゴータ公家家長
1998年 -
次代:

推定相続人フーベルトゥス
上位:
レナーテ・ブラッカー
イギリス王位継承順位
ヴィクトリアの四男レオポルドの子孫)
他の英連邦王国の王位継承権も同様
下位:
フーベルトゥス