アンドリュー・リッジリー
| アンドリュー・リッジリー | |
|---|---|
| 出生名 | Andrew John Ridgeley |
| 生誕 | 1963年1月26日(55歳) |
| 出身地 |
サリー州 |
| ジャンル | ポップ |
| 職業 | ミュージシャン、シンガーソングライター、音楽プロデューサー |
| 活動期間 | 1981年 - 1990年 |
| 共同作業者 | ワム! |
アンドリュー・リッジリー (Andrew John Ridgeley、1963年1月26日 - )は、イギリス出身の元ポップシンガーソングライター、ギタリストで環境主義者。ジョージ・マイケルと共にポップデュオワム!で活躍した。兄ポール・リッジリーはバナナラマのドラマー。
略歴[編集]
イングランド南東部のウィンドルシャム(サリー州)で、エジプト系イタリア人の父アルバート(Albert)・リッジリーと、イギリス人の母ジェニファー(Jennifer)・リッジリーの間に生まれた。ロンドン郊外のハートフォードシャー州ブッシーで少年時代を過ごした。母が教師を務めるブッシー・ミーズ・スクールに入学し、そこでジョージ・マイケルと出会った。1979年にジョージと共に「エグゼクティブ」を結成する。メンバーは、ジョージ・マイケル、アンドリュー・リッジリーの他、アンドリューの兄のポール・リッジリー、デヴィッド・オースティン、アンドリュー・リーヴァーの5人。複数のレコード会社に持ち込むが相手にされず、後に解散する。そして1981年にワム!を結成する。(ワム!について詳細は同項参照。)ワム!は世界的な成功を収めて1986年に解散する。
ワム!解散後、モナコに移住してフォーミュラ3のレーサーに転向するが、あまり成功を収められずロサンゼルスに移住し、1990年にはイギリスに帰国した。1990年にはCBS・ソニーレコード(現在のソニー・ミュージック)からソロアルバム「Son of Albert(英語版)」及びシングル2枚(「Shake」と「Red Dress」 )をリリースするが、セールス的に失敗し、以後は第一線での音楽活動からは退く。2006年12月にジョージのソロ公演にゲスト出演し、20年ぶりに2人でステージに上がりラスト・クリスマス等を演奏。2007年にもレコーディングを行ったとされるが、ワム!の再結成には至らなかった。
1990年代前半に、兄弟と共にサーフィンに興じていた際に、水質汚染が原因で兄弟が感染症になった。彼らの回復後、環境保護主義者としての活動を始める。現在ではサーフィン用具の製造会社の共同経営者を務め、環境活動にも寄付を続ける。
私生活[編集]
バナナラマのケレン・ウッドワードとは、結婚はしていないが1990年以降同居している。ゴルフはハンデ12の腕前で、プレミアリーグクイーンズ・パーク・レンジャーズFCの熱心なファンとしても知られる。
作品[編集]
- アルバム
- Son of Albert(1990)
- シングル
- Shake(1990)
- Red Dress(1990):ジョージ・マイケルがコーラスで参加。
※ビルボードの最高位は「Son of Albert」が130位、「Shake」が77位、「Red Dress」はランク外。なお、「Mexico」(Son of Albert収録曲)が3rdシングルとして発売される予定であったが発売中止となった。理由は不明。
関連項目[編集]
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