アントニオ小猪木

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アントニオ小猪木
生年月日 (1971-08-22) 1971年8月22日(45歳)
出身地 日本の旗 日本埼玉県志木市
血液型 B型
身長 158cm
方言 共通語
最終学歴 昭和第一学園高等学校卒業
グループ名 ラヴ兄弟(不詳)
芸風 ものまね
事務所 西口エンタテインメント
活動時期 2001年 -
配偶者  瓜谷はるみ2014年 -)
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2005年:第5回 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権優勝

アントニオ小猪木(アントニオ こいのき、1971年8月22日 - )は、日本お笑いタレント

埼玉県志木市出身。西口エンタテインメント所属。身長158cm、体重55kg、血液型B型

かつてはウクレレえいじ長州小力ジャイアント小馬場佐々木孫悟空らと共に、5人組コントグループ『ラヴ兄弟』という名前で浅井企画に所属していた。

アントニオ小猪木のマネージャーを務めていたファニー猪木はアントニオ猪木の実の姪である(現在ファニー猪木は西口エンタテインメントを退社している)。


芸風[編集]

アントニオ猪木ものまね、特に試合運びのものまねを得意とし、猪木を心から尊敬している。

とんねるずのみなさんのおかげでした』のコーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」では第5回から出場し、優勝を勝ち取る。特に落下スイッチと小猪木のジャンプとのタイミングが一致したために起こった「無音での落下」は審査員全員の爆笑を誘い、以降出演時の名物になった。木梨曰く「新しい猪木さんが現れました」と絶賛していた。また同コーナー第7回では小猪木の後、ジャイアント馬場の物真似をした浅井優山田カントリー)が登場し、関根勤らから「夢の共演」と言われた。第9回では浅井とタッグも組んでいる(1979年8月26日の「プロレス夢のオールスター戦BI砲」を再現)。ちなみにタイツやタオルの色も、ものまねの元ネタの試合に合わせて変える(黒タイツ、赤タオルとは限らない)などの芸の細かさを見せる。

人物[編集]

  • 2009年4月27日の西口DXプロレスで藤原喜明と対戦。過去に藤原組関節技セミナーに通っており、タレント活動を始めた藤原喜明に弟子入り志願。初日に大遅刻で弟子入り失敗。その14年後に西口DXで対戦し、試合後に失敗談を告白するが、藤原は「覚えてない」と一蹴。この日は藤原の60回目の誕生日を小猪木がお祝いした。
  • 2009年7月27日、東京・渋谷O-EASTミノワマンと激突。ミノワマンはDREAMのスーパーハルクトーナメント中にもかかわらず、対極ともいえる西口マットに参戦。小猪木とガチンコ対決し、10秒アキレス腱固めでミノワマンが勝利。納得のいかない小猪木は再戦を要求。プロレスルールでの対決もミノワマンが勝利した。なお、この試合がミノワマンのプロレス初勝利となり、ネットニュースニュースサイトにも話題となった。ちなみにミノワマンは年末に同トーナメントを優勝した。
  • 2010年5月31日、西口DXプロレスにおいて天龍源一郎一騎討ち。掌打、グーパンチ、喉笛チョップ、顔面蹴りなどを喰らい、歯を2本折られ、レフェリー和田良覚が試合を止めて敗れた。それでも立ち上がる小猪木は西口プロレスの底力を見せつけ、新聞、雑誌等で高く評価された。顔面や首元には蹴られたシューズの紐跡も残った。天龍自身も小猪木を高く評価し、9日後の天龍プロジェクトに出場を果たした。
  • 2010年10月25日、西口DXプロレスにおいて、ハチミツ二郎と組んで現役の第27代IWGPジュニアタッグ王者組の飯伏幸太&ケニー・オメガ組と対戦。小猪木&二郎組も西口タッグ王者組として(試合はノンタイトル)闘うも、かなりの名勝負を残し敗退。しかし、現役のIWGP王者を呼んだ事は西口プロレスにとって凄い大会となった。
  • 2005年10月17日に放送した日本テレビNNNニュースプラス1』の「エンタメ5」のコーナーで小猪木が紹介された際の握力検査で小猪木の握力は34kg。ちなみに小力も34kg。リポートした同コーナーキャスターの清原久美子が31kg、陣内貴美子も38kgあり、西口プロレスの屋台骨の二人は握力が女子の平均くらいしかなかった。
  • 2007年5月21日、日本テレビ系『嵐の宿題くん』の「借り物ミニ運動会」の企画で日本テレビ内の控室にいたところを大野智にスタジオに連れていかれ、そのまま出演。嵐のメンバーや国分太一らと共演した。
  • 2007年5月26日、MAKEHEN6岐阜・club-G大会でプロレス界の王座のアイアンマンヘビーメタル級王座を奪取し、第699代王者となる。
  • 2008年9月11日、NHKきよしとこの夜』の「ジャガー横田杯争奪ものまねプロレスネタスペシャルマッチ」のコーナーでジャイアント小馬場東京ペールワンのチームで出場し優勝するも、優勝商品はジャガー横田のプロレス技というバラエティ番組らしいオチだった。後日談によるとジャガー横田のスリーパーホールドに小猪木が失神。そのシーンはカットされたらしい。
  • 2009年12月15日、東京・浅草木馬亭日本喜劇人協会主催『喜劇ワークショップ講座』で、お笑いプロレスというジャンルの講師を務めた。
  • 格闘技イベント「TRIBELATE」にレギュラー出場中。このリングでは積極的に異種格闘技戦にも挑戦。キックボクサーの新田明臣、我龍真吾らの各世界王者や元関取若翔洋とも対戦している。
  • 格闘技イベントGLADIATORでも多く出場している。女子格闘家との異種格闘技戦が多く、異性格闘技戦とも言われている。同大会ではハム・ソヒ藪下めぐみ長野美香らの女子総合格闘技王者と対決している。プロレスではダンプ松本と対戦。
  • 谷川真理ハーフマラソンや谷川真理駅伝にも猫ひろしらと共にレギュラー出場している。
  • 2003年『月刊松金洋子』DVDに小力らと出演した。
  • 週刊ゴングの「芸人コラム 〜プロレスに愛を込めて〜」(2005年 - 2006年)(三又忠久ユリオカ超特Qケンドーコバヤシとリレー連載)を開始。続いて小猪木川柳「小猪木を探せ!」のコーナーも連載していた。
  • 2009年2月より、アントニオ小猪木トークライブや講演を全国各地で開催している。
  • 2011年12月22日、伝説のキックボクサー藤原敏男の主催する藤原祭に初出場。小猪木は藤原敏男、初代タイガーマスクとタッグを組み、藤原喜明、男盛、元気マン組と対決した。
  • 2011年12月29日、『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「第2回細かすぎて伝わらないモノマネ紅白合戦」の混合戦にユリオカ超特Q、ストロングスタイル糸賀清和ガリットチュウ福島善成、山田カントリー・浅井優、古賀シュウと「昭和プロレスバトルロイヤル編」で出場。
  • 2012年1月26日、USTREAMでの「アントニオ小猪木闘魂LIVE」という番組で総視聴者数2,500人越えという結果となり、番組史上最高の数字となった。
  • 2012年1月27日から『アントニオ小猪木DVD 〜小闘魂11番勝負〜』がTCエンタテインメントより発売開始。
  • 2012年3月の1,2,3日に声帯ポリープで入院したことが東京スポーツに掲載された。入院する数年前にも東スポの「有名人の不健康診断」というコーナーで紹介され、病院で咽頭白板症ポリープ様声帯と診断された。声が出なくなった原因はダァーッのしすぎらしい。
  • 2013年7月21日アントニオ猪木の参院選当選に伴い、翌日のyahoo!ニューストピックスに影武者として応援していたアントニオ小猪木が掲載され、急上昇ワードに浮上した。
  • プロレススーパースター列伝の「アントニオ猪木・談」の笑顔の顔真似を得意としている。
  • 西口プロレスの解説者ユンボ安藤によると、小猪木は格闘技経験や習得が全くないらしい。
  • 欽ちゃん劇団3期生として在籍していた。
  • FM白石『尻ミッターフジオのラジプリ』の「アントニオ小猪木の小元気ですか〜っ!?」にレギュラー出演している。
  • RCサクセションの大ファンである。その他、ソウルファンクブルースなどのブラックミュージックを好む。
  • 2014年、かねてから交際していたファッションモデルの瓜谷はるみと結婚。同じくアントニオ猪木の物真似を行うアントキの猪木が、2009年に結婚した際には自身のネタ「1、2、3ダァーッ!」に引っ掛け123婚姻届を提出したのに対し、123婚姻届を提出した。

持ちネタ[編集]

出演[編集]

TV[編集]

バラエティ


ドラマ

インターネット[編集]

CM[編集]

映画[編集]

  • 地獄プロレス(2005年3月)
  • 喰いしん坊!-大食い開眼編-/-大食い苦闘編-(2007年8月)「そば匠 柳屋」の客役
  • カジノ(2008年3月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]