アントニオ・サンテリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
アントニオ・サンテリア

アントニオ・サンテリア(Antonio Sant'Elia、1888年4月30日-1916年10月10日)はイタリアの建築家。詩人マリネッティらの芸術運動「未来派」に参加した。

経歴[編集]

「新都市」高層ビル案

コモ出身。ミラノで建築を学ぶ。1913-14年に未来都市のイメージを描いた「新都市」(チッタ・ヌオーヴァ)を制作。1914年に展覧会で発表した。同年、「未来派」に参加し、「未来派建築宣言」を著わした。

まもなく第一次世界大戦に従軍し、28歳で死去。

評価[編集]

「新都市」はイタリア未来派建築を代表する作品である。高層住宅、立体道路、駅舎、発電所、滑走路などで構成される機械時代の未来都市を鮮烈なイメージで描いている。

イタリア未来派はマニフェストを掲げた前衛的な近代建築運動の先駆けとなった。また、ベーレンスグロピウスらが切り拓いた近代建築の新しい様式に、未来派(サンテリア)が「詩的なもの」を与えたと評される[1]

その他[編集]

  • コモの戦没者記念碑(慰霊碑)は、サンテリアのスケッチを転用したもので、ジュゼッペ・テラーニとエンリコ・プランポリーニによって1933年に建てられた[2]

注釈[編集]

  1. ^ ペブスナー、小野二郎訳『モダン・デザインの源泉』(美術出版社、1976)p198
  2. ^ 日本建築学会『近代建築史図集』p39。

関連項目[編集]

  • トニー・ガルニエ(1869年-1948年) - フランスの建築家。「工業都市」の都市計画案を発表。後にリヨンの都市計画に従事。