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アントニオ・サッキーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アントニオ・サッキーニ
Antonio Sacchini
基本情報
生誕 1730年6月14日
トスカーナ大公国フィレンツェ
死没 (1786-10-06) 1786年10月6日(56歳没)
フランス王国パリ
ジャンル クラシック
職業 作曲家

アントニオ・マリア・ガスパーロ・ジョアッキーノ・サッキーニAntonio Maria Gasparo Gioacchino Sacchini, 1730年6月14日 - 1786年10月6日)は、18世紀イタリアの古典派時代の作曲家で、とりわけオペラが名高い。

サッキーニは、貧しい料理人(ないしは御者)であったガエターノ・サッキーニの息子として1730年にフィレンツェで生まれた。4歳のとき家族と共に、ナポリ王に即位したブルボン朝カルロ7世(後のスペイン王カルロス3世)の随行員としてナポリに移住し、若年期を過ごした。若きサッキーニの楽才はフランチェスコ・ドゥランテの目に留まり、10歳でナポリ音楽院の前身の一つにあたるサントノフリオ・ア・ポルタ・カプアーナ音楽院に入学し、作曲、和声、対位法の基礎を学んだ。また、ニコラ・フィオレンツァの指導でヴァイオリンを、ジェンナーロ・マンナからは声楽を学んだ。

1755年にドゥランテが死去したとき25歳だったサッキーニは、翌年、マストリチェッロ(下級教師)となり、学業の最終課題として最初のオペラ作品となる2幕の幕間劇『フラ・ドナート』をナポリで作曲・初演した。この作品は大好評を博し、1年後に『イル・ジョカトーレ』が続いた。それらが契機となり、ナポリ方言のオペラを上演する小規模な劇場から作曲の依頼を受けるようになった。彼の初期の大きな成功は、1758年に初演されたフィオレンティーニ劇場でのオペラ・ブッファ『オリンピア・トラディータ』で、これがきっかけとなりサン・カルロ劇場から依頼を受け、1761年、彼の最初のオペラ・セリア『アンドロマカ』が初演されることになった。

1762年、音楽院はヴェネツィアのサン・ベネデット劇場でオペラ・セリア『アレッサンドロ・セヴェロ』(台本:ゼーノ)を、翌年にはサン・サルヴァトーレ劇場で『インドのアレッサンドロ』(台本:メタスタージオ)を上演するため、ヴェネツィアに行く許可を与えた。

以降の数年間、サッキーニはイタリア全土の劇場向けに新しいオペラを作曲した。1763年は『オリンピアーデ』(パドヴァのヌオーヴォ劇場)、1764年には『エウメーネ』(フィレンツェのペルゴラ劇場)、『セミラミデ・リコノシウタ』(ローマのアルジェンティーナ劇場)、そしてナポリの『ルーチョ・ヴェロ』(サン・カルロ劇場)。これら諸作品のイタリア全土での成功により、サッキーニは音楽院の職とヴェネツィアでの臨時職を辞し、独立した作曲家として運を試すことにした。

イタリアでオペラ作曲家として名を馳せた後、サッキーニは渡英してロンドンに移り、ヒズ・マジェスティーズ劇場(国王劇場)のためのオペラをいくつか作曲した。最晩年の数年間は英国を離れ、フランスパリに居住し、グルックピッチンニの支持者間の音楽的対立(グルック・ピッチンニ論争)に巻き込まれた。

彼は18世紀イタリアにおけるオペラ・セリアを主導する作曲家の一人であった。サッキーニがこの世を去ったのは1786年、56歳の時であったが、その原因は、オペラ『コロンヌのオイディプス』の明らかな失敗に対する失望とも、あるいは彼のパトロンであったフランス王妃マリー・アントワネットを失ったことによる失意と拒食によるものだと考えられている[1]。しかし、彼の死の翌年に『コロンヌのオイディプス』が再演されると、たちまち18世紀フランスのオペラのレパートリーの中で、最も人気のある作品の一つとなった。

歌劇

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タイトルジャンル幕数初演地初演年
フラ・ドナート (Fra Donato)インテルメッゾ2幕ナポリ1756年
Il giocatoreインテルメッゾナポリ1757年
Olimpia tradita喜劇ナポリ1758年
Il copista burlato喜劇ナポリ1759年
La vendemmiaインテルメッゾ1幕ローマ、改訂版はバルセロナ1760年、1767年
Il testaccioオペラ・ブッファローマ1760年
I due fratelli beffatiナポリ1760年
Andromacaオペラ・セリアナポリ1761年5月30日
La finta contessaファルセッタローマ1761年
Li due bariオペラ・ブッファナポリ1762年
L'amore in campoドラマ・ジョコーソ2幕ローマ1762年
Alessandro Severoオペラ・セリア3幕ヴェネツィア1763年の謝肉祭
Alessandro nell'Indieオペラ・セリアヴェネツィア1763年
Olimpiadeオペラ・セリア3幕パドヴァ1763年
Semiramide riconosciutaオペラ・セリア3幕ローマ1764年
Eumeneオペラ・セリアフィレンツェ1764年
Il gran Ciddeローマ1764年
ルチオ・ヴェロ (Lucio Vero)オペラ・セリアナポリ1764年11月4日
Il finto pazzo per amoreインテルメッゾ2幕ローマ1765年
Cresoオペラ・セリア3幕ナポリ、改訂版はロンドン1765年、1774年
La contadina in corteオペラ・ブッファローマ、改訂版はロンドン1765年、1782年
L'isola d'amoreドラマ・ジョコーソ2幕ローマ1766年
Le contadine bizzarreミラノ1766年
Artaserseオペラ・セリア3幕ローマ1768年
Nicorasteオペラ・セリア3幕ヴェネツィア1769年
カルタゴのシオピーネ (Scipione in Cartagena)オペラ・セリアミュンヘン1770年1月8日
Calliroeオペラ・セリアルートヴィヒスブルク1770年
シナの英雄 (L'eroe cinese)オペラ・セリアミュンヘン1770年
Adriano in Siriaオペラ・セリアヴェネツィア1770年
Ezioオペラ・セリアナポリ1771年
アルミーダ英語版 (Armida)オペラ・セリア3幕ミラノ1772年
Vologesoオペラ・セリアパルマ1772年
Tamerlanoオペラ・セリアロンドン1773年
Il Cidオペラ・セリアロンドン1773年1月19日
Perseoオペラ・セリア3幕ロンドン1774年
Nittetiオペラ・セリア3幕ロンドン1774年
Montezumaオペラ・セリア3幕ロンドン1775年
Erifileオペラ・セリア3 actsロンドン1778年
L'amore soldatoドラマ・ジョコーソ3 actsロンドン1778年
L'avaro deluso, o Don Calandrinoドラマ・ジョコーソ3幕ロンドン1778年
Enea e Laviniaオペラ・セリア3幕ロンドン1779年
Mitridateオペラ・セリアロンドン1781年
レナウド英語版イタリア語版(Renaud )3幕パリ1783年 楽譜
Chimène (revision of Il gran Cidde)叙情悲劇3幕フォンテーヌブロー1783年
ダルダニュス英語版(Dardanus)悲劇4幕パリ1784年 楽譜
コロンヌのオイディプスイタリア語版(Œdipe à Colone)叙情悲劇3幕ヴェルサイユ1786年1月4日 楽譜
アルヴィルとエヴリナ英語版(Arvire et Évélina)
(未完、ジャン=バティスト・レイ補完)
叙情悲劇3幕パリ1788年

脚注

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出典

  1. MusicAndHistory:1786”. 2013年4月21日閲覧。

参考文献

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  • DiChiera, David (1992). “Sacchini, Antonio”. In Stanley Sadie. 新グローヴオペラ事典. London. ISBN 0-333-73432-7 

外部リンク

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