アントニオ・グテーレス

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はデ・オリヴェイラ第二姓(父方の)はグテーレスです。
アントニオ・グテーレス
António Guterres
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(2018年5月2日)
生年月日 (1949-04-30) 1949年4月30日(69歳)
出生地 Flag of Portugal.svg ポルトガルリスボン
出身校 高等工科大学
所属政党 社会党
配偶者 1. ルイーザ・ギマリャンイス・エ・メロ (1972–1998年)
2. カタリーナ・バス・ピント (2001年– )
子女 1男1女
サイン Assinatura António Guterres.svg
公式サイト António Guterres

在任期間 2017年1月1日 - (現職)

在任期間 1995年10月28日 - 2002年4月6日
元首 マリオ・ソアレス
ジョルジェ・サンパイオ

在任期間 1999年11月 - 2005年6月

社会党書記長
在任期間 1992年2月23日 - 2002年1月21日

在任期間 2005年6月15日 - 2015年12月31日
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アントニオ・マヌエル・デ・オリヴェイラ・グテーレスポルトガル語: António Manuel de Oliveira Guterres [ɐ̃ˈtɔnju ɡuˈtɛʁɨʃ]1949年4月30日 - )は、ポルトガル政治家同国の首相社会主義インターナショナル議長、欧州理事会議長、国連難民高等弁務官 (UNHCR)などを歴任した後、2017年から第9代国連事務総長を務める[1]。日本の報道では「グテーレス」をグテレスとも表記するものもある[2]

来歴[編集]

教育者[編集]

ヴィルジーリョ・ディアス・グテーレスとイルダ・カンディーダ・デ・オリヴェイラの子として、リスボンで生まれ育った。高等工科大学 (IST)英語版物理学電気工学を学び、1971年に修了。助教として学問の世界に入った。

政治家[編集]

1974年に社会党に入党し、政治と関わりを持った。それから間もなく学界を退き、政治活動に専念するようになった。1974年4月25日のカーネーション革命マルセロ・カエターノ政権が崩壊してからは、主にリスボン地区で社会党の組織化に深く関与した。グテーレスは党の首脳の一人となり、次の役職を歴任した。

1992年に社会党の書記長と、アニーバル・カヴァコ・シルヴァ政権下の野党院内総務に就任。1992年9月には社会主義インターナショナルの副議長に任命された。

カヴァコ・シルヴァの退任を受けた1995年の総選挙で社会党が比較第一党になると、首相に就任して第1次内閣を組織した。在任中、ポルトガルに対する世界の注目度を高めた1998年のリスボン国際博覧会の誘致に尽力した。

社会主義インターナショナル議長在任時

1999年の総選挙もなんとか乗り切り第2次内閣を組織。2000年1月から7月には欧州理事会の議長も兼務した。しかし、首相としての二期目は苦しい時期となった。経済の低迷とヒンツェ・リベイロ橋崩落事故英語版の影響に加えて、党内対立がグテーレスの権威と人気を揺るがした。

2001年12月の地方選挙で、社会党は大敗を喫した。これを受けてグテーレスは「国を政治的な泥沼に陥れないため、職を辞す」と表明し、辞任した。ジョルジェ・サンパイオ大統領は国会を解散し、選挙を求めた。当時社会保障相だったエドゥアルド・フェーロ・ロドリゲス英語版が社会党の代表となったが、総選挙で社会党は敗れ、首相職を社会民主党ジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ(後の欧州委員会委員長)に明け渡した。グテーレスはポルトガルの政治から退き、2005年まで社会主義インターナショナルの議長を務めた。

国連難民高等弁務官[編集]

2005年5月の国連総会で、グテーレスは国連難民高等弁務官に選任された。2007年2月16日のナショナル・パブリック・ラジオによるインタビューでは、イラクの難民が直面している苦境について、1948年以降の中東で発生した最大の難民危機のひとつであると述べた。あまり一般に知られていない難民危機として、グテーレスは中央アフリカ共和国コンゴ民主共和国における危機を挙げた[3]。2011年にシリア内戦が発生すると、それによって生じた難民に対する国際的な支援を確保するために尽力した。弁務官時代には経費のかかるジュネーヴ本部の職員数を3分の2に削減し、その分現場により多くの人員を投入した[4]。2015年12月31日に難民高等弁務官を退任。

国連事務総長[編集]

こうしてグテーレスは国連を去ったものの、2016年は年末で潘基文の国連事務総長としての任期が満了することもあって、ポルトガル政府から支持を取り付けたグテーレスはやがて次期事務総長の最有力候補と目されるようになっていった[5][6][7]。2016年10月6日、国連安全保障理事会は次期国連事務総長としてグテーレスを国連総会に勧告する決議を採択[2]。この安保理の勧告を受け、総会は13日にグテーレスを次期事務総長に任命することを採決した。こうしてグテーレスは年明けの2017年1月1日に事務総長に就任した[8]。グテーレスは首相経験者としては初の事務総長であり[2]、また国連創設後に生まれた初の事務総長でもある。

グテーレスは就任後初の声明で「新年に皆さんも私と決意を共有していただきたい。平和を第一にすると心に決めよう」と呼び掛けた[9]

人物[編集]

1972年にルイーザ・アメーリア・ギマリャンイス・エ・メロと結婚。ペドロ・ギマリャンイス・エ・メロ・グテーレス(1977年生)とマリアナ・ギマリャンイス・エ・メロ・デ・オリヴェイラ・グテーレス(1985年生)の1男1女を儲けたものの、ルイーザは1998年1月28日に、ロンドンの王立自由病院で癌のため早世した。こののちルイーザと離婚。

2001年にはカタリナ・マルケス・デ・アルメイダ・ヴァス・ピントと再婚した。カタリナには前夫との間フランシスコ・ヴァス・ピント・ダ・コスタ・ラモスという連れ子がいる。

母語であるポルトガル語のほか、英語フランス語スペイン語に堪能。趣味は歴史と地理の研究で、特に世界史に精通している。またオペラを愛し、スポーツではサッカーを好む[4]

栄典・顕彰[編集]

勲章[編集]

  • PRT Order of Liberty - Grand Cross BAR.png 自由勲章大十字(ポルトガル、2016年2月2日)[10]
  • Order of Isabella the Catholic - Sash of Collar.svg イザベラ・カトリック女王勲章頸飾(スペイン、2002年6月14日)[11]
  • PRT Order of Christ - Grand Cross BAR.png キリスト勲章大十字(ポルトガル、2002年6月9日)[10]
  • Ordre national du Merite GC ribbon.svg 国家功労勲章大十字(フランス、2002年6月4日)[12]
  • Order of the Southern Cross Grand Collar Ribbon.png 南十字星勲章大頸飾(ブラジル、2002年)[12]
  • JPN Kyokujitsu-sho 1Class BAR.svg 旭日大綬章(日本、2002年)[12]
  • Order of the Republic (Tunisia) - ribbon bar.gif 共和国勲章大綬章(チュニジア、2002年)[12]
  • Order of Prince Yaroslav the Wise 1st 2nd and 3rd Class of Ukraine.png ヤロスラフ賢公勲章1等(ウクライナ、2002年)[12]
  • ITA OMRI 2001 GC BAR.svg イタリア共和国功労勲章大十字(イタリア、2001年12月3日)[13][12]
  • CHL Order of Merit of Chile - Grand Cross BAR.png 功労勲章大十字(チリ、2001年9月30日)[12]
  • Amílcar Cabral Order - 1st Class (Cabo Verde).png アミルカル・カブラル勲章1級(カーボベルデ、2001年4月27日)[12]
  • Grand Crest Ordre de Leopold.png レオポルド勲章大綬章(ベルギー、2000年10月9日)[12]
  • ESP Charles III Order GC.svg カルロス3世勲章大十字(スペイン、2000年9月8日)[14]
  • GRE Order of Honour Grand Cross BAR.png 名誉勲章大十字(ギリシャ、2000年3月17日)[12]
  • MEX Order of the Aztec Eagle 2Class BAR.png アステカの鷲勲章特別懸章(メキシコ、1999年7月2日)[12]
  • Order of the Oriental Republic of Uruguay (1992) - ribbon bar.png ウルグアイ東方共和国勲章大将校(ウルグアイ、1998年12月10日)[12]
  • POL Order Zaslugi RP kl1 BAR.png ポーランド共和国功労勲章大十字(ポーランド、1997年9月22日)[12]
  • BRA Order of the Southern Cross - Grand Cross BAR.png 南十字星勲章大十字(ブラジル、1996年7月23日)[12]

名誉学位[編集]

補注[編集]

  1. ^ http://www.news24.jp/articles/2016/12/13/10348945.html
  2. ^ a b c 次期国連総長、グテレス氏に決定=初の首相経験者-安保理時事通信、2016年10月7日)2016年10月7日閲覧。
  3. ^ Interview with António Guterres, the United Nations high commissioner for refugees, 16 February 2007, Weekend Edition-Saturday, http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=7466089
  4. ^ a b 朝日新聞」2016年10月7日朝刊
  5. ^ The Associated Press. “Portugal to Nominate Antonio Guterres as UN Chief”. The New York Times. ISSN 0362-4331. http://www.nytimes.com/aponline/2016/01/22/world/europe/ap-eu-portugal-un.html 2016年1月24日閲覧。 
  6. ^ Portugal, Grand Union. “Portugal Presents The Candidature of António Guterres to un Secretary-general”. www.portugal.gov.pt. 2016年2月1日閲覧。
  7. ^ NEXT UN SECRETARY GENERAL : WORLD POLITICS”. Bet Breaking News. 2016年2月8日閲覧。
  8. ^ 国連事務総長にグテーレス氏が就任Qnewニュース 2017年1月1日
  9. ^ “「平和を第一にしよう」 国連新事務総長にグテレス氏就任”. 東京新聞. (2017年1月3日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201701/CK2017010302000105.html 2017年1月3日閲覧。 
  10. ^ a b Cidadãos Nacionais Agraciados com Ordens Portuguesas”. Página Oficial das Ordens Honoríficas Portuguesas. 2016年7月13日閲覧。
  11. ^ Boletín Oficial del Estado
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n Cidadãos Nacionais Agraciados com Ordens Estrangeiras”. Página Oficial das Ordens Honoríficas Portuguesas. 2016年7月13日閲覧。
  13. ^ Quirinale website
  14. ^ Boletin Oficial del Estado
  15. ^ 国連難民高等弁務官(元ポルトガル首相)アントニオ・グテーレス氏に名誉博士学位を贈呈 明治大学
党職
先代:
  ジョルジェ・サンパイオ  
社会党書記長
1992年 - 2002年
次代:
エドゥアルド・フェロ・ロドリゲス
先代:
ピエール・モーロワ
社会主義インターナショナル議長
1999年 - 2005年
次代:
ヨルゴス・パパンドレウ
外交職
先代:
ウェンディー・チェンバリン英語版
(代行)
国連難民高等弁務官
2005年 - 2015年
次代:
フィリッポ・グランディ英語版