アンジェリカを救うルッジェーロ
| フランス語: Roger délivrant Angélique 英語: Ruggiero Freeing Angelica | |
| 作者 | ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル |
|---|---|
| 製作年 | 1819年 |
| 種類 | 油彩、キャンバス |
| 寸法 | 147 cm × 190 cm (58 in × 75 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『アンジェリカを救うルッジェーロ』[1][2][3](アンジェリカをすくうルッジェーロ、仏: Roger délivrant Angélique, 英: Roger Freeing Angelica)あるいは『ルッジェーロとアンジェリカ』(仏: Roger et Angélique, 英: Roger and Angélique)は、フランス新古典主義の巨匠ドミニク・アングルが1819年に制作した絵画である。油彩。主題はイタリアの詩人ルドヴィーコ・アリオストによる叙事詩『狂えるオルランド』第10歌で歌われている、カタイ王女アンジェリカを怪物から救出するルッジェーロの物語から採られている。アングル初期のイタリア滞在時に描かれた作品で、アングルは生涯にわたって同主題に取り組み、ほぼ同一の構図を用いて多くのヴァリアントを制作した。同年のサロンに出品[1][3][4][5]。現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されている[1][2][3][4][6][7][8][9]。またロンドンのナショナル・ギャラリーや[1][3][10][11][12]、モントーバンのアングル・ブールデル美術館に本作品のヴァリアントが[1][3][13][14]、アンジェリカのみを描いた油彩習作ないし複製がアングル・ブールデル美術館[15][16]、ルーヴル美術館[17][18]、ブラジルのサンパウロ美術館に所蔵されている[19]。
主題
[編集]ルドヴィーコ・アリオストはルネサンス期のイタリアの詩人である。1516年の代表作『狂えるオルランド』で、アリオストはシャルルマーニュことカール大帝時代のキリスト教徒とサラセン人の争いを背景とする騎士の冒険と恋を歌った[10][5]。この物語はキリスト教の英雄オルランドの悲恋が中心となっている。カタイの王女アンジェリカは異教徒であったが、その美貌ゆえに多くの騎士たちが恋した。オルランドもそうしたアンジェリカに恋する騎士の1人であったが、アンジェリカがやはり異教徒であるムーア人のメドロと恋に落ちて結婚すると憤慨し、嫉妬に狂ったという。アングルがこの物語の中から主題に選んだのは、第10歌で歌われているルッジェーロがアンジェリカを怪物から救出するというエピソードである。これはアンドロメダを救うギリシア神話の英雄ペルセウスや、『黄金伝説』で言及されている聖ゲオルギウスの竜退治と同種の物語である[3][6][5]。それによるとアンジェリカは蛮族に誘拐されると、全裸のまま岩に鎖で繋がれ、毒を持つ海の怪物オルクの生贄にされる。しかしルッジェーロは半鷲半馬の怪物ヒッポグリフに騎乗し、アンジェリカを発見すると魔法の盾から放たれた光線で怪物の眼を眩ませる。そしてアンジェリカがかつて所有していた姿を消すことができる魔法の指輪を返還し、彼女を解放してヒッポグリフに乗せて飛び去る[20]。
制作経緯
[編集]1817年にヴェルサイユ宮殿「アポロンの間」の扉の上に設置する作品として、ローマ滞在中のアングルに発注された[4]。また対作品としてピエール=ノラスク・ベルジェレには『ニンフに仕えるリナルドとアルミーダ』(Renaud et Armise servis par une nymphe)が発注された[4]。
作品
[編集]アングルはアンジェリカを救うため海の怪物と戦うルッジェーロを描いた。ルッジェーロは黄金の甲冑を身にまとい、ヒッポグリフにまたがって飛行しながら、アンジェリカを襲うべく海面に姿を現した怪物の口の中に槍を突き立てている。ルッジェーロの背中には魔法の盾があり、白いマントが闇の中で翻っている。アンジェリカは海岸の岩に鎖でつながれたまま、首をのけ反らせて怪物と戦う英雄の姿を見上げている。その姿は気絶しているようでもある[9]。場面は夜の闇に包まれ、荒れ狂う波はアンジェリカがつながれた岩に激しく打ち寄せる。画面右遠景では海上に突き出た岩の上で灯台の赤い光が輝いている。ルッジェーロとアンジェリカの物語はギリシア神話やキリスト教の聖人伝説と類似しているため、当時から本作品の主題について疑問視する見解があり[3]、アングルも制作過程の構図を使ってペルセウスの主題を扱っている[3][22]。ただしアングル自身は本作品の主題をルッジェーロとアンジェリカであると明言している[3]。
アングルは黄金の甲冑の微細なデザインから、白いマント、ヒッポグリフの翼の羽根の1枚1枚まで、特定の部分を緻密に描いた。この描写は輪郭の強調と相まって、東方のイコンの様式やその平面的なデザインを彷彿とさせるが[10]、それ以上に時間が停止してしまったかのような印象を与える[6]。
特に注目される点はアンジェリカのしなやかな肢体であろう。アングルは古典的なヴィーナス像を原型としつつ[10]、アンジェリカの力の抜けた腕の長さや[10]、とりわけ反り返った喉の膨らみを誇張した[6][10]。月光に照らされたアンジェリカの青白い肌は暗闇に包まれた海や岩山との色彩的なコントラストでいっそう映える。またアンジェリカの無防備な肢体をルッジェーロの甲冑や岩などの硬い質感で取り囲み、ヒッポグリフの嘴や爪、槍、むき出しになった怪物の歯といった鋭利な物体を配置することで、触覚的なコントラストを作り出した[10]。
アングルによるルッジェーロの描写は伝統的な図像から逸脱している。アリオストによるとルッジェーロは魔法の盾で怪物の目を眩ませることで王女を救出したが、ここでは槍で怪物を攻撃しており[6][5][19]、まるで槍で竜を退治する聖ゲオルギウスのようである[5][19]。また場面を夜の出来事として描写したことにより海の大部分は影に包まれ、限定された領域のみ光によって照らされている[8]。
準備習作
[編集]本作品は全体の構図や各人物の準備画が数多く現存しており、アングルが構図を作成した過程を再構成することができる。アングルはルッジェーロを造形するにあたり、ローマのサンタ・フランチェスカ・ロマーナ聖堂にあるアントニオ・ダ・リオ(Antonio da Rido)の墓碑に浮彫りされた騎馬像を模写することから始めている[3]。アングルは1815年頃にこれの研究を行っており[23]、ルッジェーロの甲冑に関する習作はこの浮彫りを忠実に模写したものと思われる。また男性の美術モデルを使用して人体の素描を行い、この2つを組み合わせることで基本的な構図を作成したと考えられている[3]。一方のアンジェリカは当初は後ろ手で両手を岩につながれた姿勢をしていた。これはいくつかの全体構想の素描に明らかであり、とりわけフォッグ美術館所蔵の油彩による人体スケッチでは顔をうつむき、両手を背中に回し、コントラポストのポーズで立つ裸婦が描かれている。この図像はデトロイト美術館に所蔵されている同時期の『ペルセウスとアンドロメダ』(Persée et Andromède)に明らかに転用されている[3]。またフォッグ美術館の人体スケッチは画面右上に顔を上げて上目遣いをした女性の上半身が描かれており、完成作品のポーズに至る過程を示している。これに続いて同じくフォッグ美術館所蔵の全体構想の習作ではアンジェリカの両手は後ろ手のままであるが、完成作と同様の背後に首を大きくのけ反らせる姿勢が表れている。その後、アングル・ブールデル美術館所蔵の準備素描とルーヴル美術館所蔵の油彩習作によって両腕を前方に伸ばした図像が完成した[3]。
解釈
[編集]美術史家カリン・H・グリメ(Karin H. Grimme)はアングル独特の時間が制止したかに見える様式についてジャック=ルイ・ダヴィッドと比較している。ダヴィッドは静止した画面に物語の躍動感を与えるため、決定的な事件が起こる瞬間の直前を描くことで、その直後に何が起こるかを鑑賞者に想起させるという広く用いられる手法をとった。これに対してアングルは事物や人物を同時に、かつ接近させて配置した。それによりそれぞれの動きは消失し、時間が凍りついたかのような静寂が画面に生まれる。このアングルの手法はしばしば鑑賞者を困惑させた[2]。
来歴
[編集]

1819年に完成した絵画は同年のサロンに『グランド・オダリスク』(La Grande Odalisque)および『アルマンザの戦いの後にバーウィック元帥に金羊毛勲章を授けるフェリペ5世』(Philippe V remettant la toison d'or au maréchal de Berwick)とともに出品された[1]。しかしサロンでは本作品を見た批評家たちからアンジェリカの人物描写について多くの批判を浴びせられることになった。フランス国王ルイ18世の代理である駐ヴァチカンのフランス大使、ブラカス伯爵ピエール・ルイ・ジャン・カジミールによって購入された。1820年から1823年までヴェルサイユ宮殿「アポロンの間」の扉の上に設置されたのち、リュクサンブール美術館に移され、初めて公的な美術館のコレクションに収蔵された作品となった[5]。1855年には第1回パリ万国博覧会で展示された[1][3]。1874年、ルーヴル美術館に移管された[24][25][26][27][29]。
当時の反応
[編集]1819年のサロンでは「奇妙」、「ゴシック的」、「チマブーエ派のよう」などの批判的な批評が目立った[3]。とりわけアンジェリカの喉に対して美術史家テオフィル・シルヴェストルは「甲状腺腫のあるアンジェリカ」、画家アンリ・ド・ワロキエは「三重の胸を持つアンジェリカ」と評した。これに対してむしろロマン主義の画家は好意的であり、アングルの好敵手であったウジェーヌ・ドラクロワは1824年に「魅力的なアングル氏の作品」と呼んだ[3]。また1855年のパリ万国博覧会では美術評論家テオフィル・ゴーティエによって「中世の真意がこれほどよく理解されたのは稀なことだ」と評した[3]。印象派の画家エドガー・ドガはロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵するヴァリアントやフォッグ美術館が所蔵する全体構想の習作を所有していた[10][28]。
芸術家に与えた影響としてはルイ・エドゥアール・リウの1824年の『アンジェリカを救うルッジェーロ』(Roger délivrant Angélique)や[6]、ギュスターヴ・ドレの1880年から1881年『狂えるオルランド』の挿絵「アンジェリカを救うルッジェーロ」(Roger délivrant Angélique)に影響を与えた[8]。
ヴァリアント
[編集]ナショナル・ギャラリー版
[編集]ロンドンのナショナル・ギャラリーのヴァリアントはエドガー・ドガ旧蔵の作品である。高さ47.6センチ、横幅39.4センチと非常に小さな複製で、アングルが1839年4月27日に記した手紙によるとリトグラフの制作に使用されたらしい[10]。1819年の最初のバージョンと比較すると、このロンドン版は横長の画面から縦長に変更され、画面に登場する諸要素がルッジェーロとアンジェリカの行動に重点を置いたものに再配置されている。海景の大部分は省略され、ルッジェーロとアンジェリカの間に怪物を配置することでルッジェーロの英雄的行動に焦点が当てられている。また画面右の遠景に配置されていた灯台を中央遠景に移動させることで、灯台に照らされた海というより幻想的な風景へと変更している。さらに小さい画面ながらもルッジェーロの金の鎧、マント、ヒッポグリフの翼などを細心の注意を払って描いた[10]。おそらくアンリ・ド・モルトマール伯爵(Comte Henri de Mortemart)のコレクションに収蔵されたバージョンであろう。1857年には伯爵のもとにあった。アングルが死去した1867年に催された回顧展で展示された。1894年にパリで売却されたのちにドガのコレクションに加わった。ドガの死の翌年の1918年3月26日にパリで競売にかけられ(ロット56)、ナショナル・ギャラリーによって購入された[10]。
アングル・ブールデル美術館版
[編集]アングル・ブールデル美術館のヴァリアントは楕円形の画面に描かれた。制作された1841年はアングルがフランスに帰国した年であり、このヴァリアントがイタリアで制作されたか、それとも帰国後に制作されたかは不明である[13]。画面のサイズはナショナル・ギャラリー版よりやや大きく、構図はナショナル・ギャラリー版とほぼ同一のものである。生前の1862年に故郷のモントーバンで開催されたアングル展で展示された[13]。
アンジェリカのみのバージョン
[編集]構図のうちアンジェリカのみを取り上げたバージョンもいくつか知られている。アングル・ブールデル美術館のバージョンは最も初期のもので、1819年のバージョン以降に制作された[15]。ルーヴル美術館のバージョンは1819年頃のものである。油彩によるアンジェリカの習作であり[3][16]、アンジェリカを抽象的な赤と茶色の背景の前に描いている。ポール・アンリ・シャルル・コソン(Paul Henri Charles Cosson)により1926年に寄贈された[16]。
サンパウロ美術館版
[編集]サンパウロ美術館のバージョンはアングルが1859年のリストで言及しており、版画による複製も制作された[19]。このバージョンはアングルの同主題の作品の中で唯一、アリオストの物語に忠実である。すなわちアングルは1819年ほかいくつかのバージョンで聖ゲオルギウスのように怪物を槍で突き刺すルッジェーロを描いたが、ここではヒッポグリフに騎乗したルッジェーロは画面右奥に配置され、物語の通りに魔法の盾の光で怪物の目を眩ませている[19]。ただし、その姿は魔法の盾を残して画面の外に消え去っている。
ギャラリー
[編集]- ヴァリアント
- 『アンジェリカを救うルッジェーロ』1819年-1839年 ナショナル・ギャラリー所蔵[10]
- 『アンジェリカを救うルッジェーロ』1841年 アングル・ブールデル美術館所蔵[13]
- アンジェリカのみのバージョン
- 『アンジェリカ』1819年 アングル・ブールデル美術館所蔵[15]
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 『西洋絵画作品名辞典』 1994, p. 17。
- 1 2 3 カリン・H・グリメ 2008, pp. 23-27。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 『アングル展』 1981, pp. 8-9(「カタログ」)。
- 1 2 3 4 “Roger délivrant Angélique”. ルーヴル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “A study for Angelica in 'Roger freeing Angelica'”. サザビーズ公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 ローゼンブラム 1970, pp. 138-140。
- ↑ “Roger délivrant Angélique”. フランス文化省公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 “Roger délivrant Angélique (version du Louvre) - Ingres”. Utpictura18. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger Freeing Angelica”. Web Gallery of Art. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 “Angelica saved by Ruggiero”. ナショナル・ギャラリー公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Roger délivrant Angélique (version de Londres) - Ingres”. Utpictura18. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Angelica saved by Ruggiero”. Art UK. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 “Roger délivrant Angélique”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Roger délivrant Angélique”. フランス文化省公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 “Angélique”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 “Angélique, réplique d'atelier”. ルーヴル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Angélique”. ルーヴル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Angélique”. フランス文化省公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “Angélica acorrentada”. サンパウロ美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ 『西洋美術解読事典』 1988, pp. 44-45「アンジェリカ」。
- ↑ “Study for "Roger Freeing Angelica"”. ハーバード美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Perseus and Andromeda”. デトロイト美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Tombeau d'Antonio da Rido”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger et Angélique”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger et Angélique”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger sur l'hippogriffe”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Roger Freeing Angelica”. ハーバード美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 “Angélique”. アングル・ブールデル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Roger délivrant Angélique. Rioult, Louis Édouard”. ルーヴル美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
- ↑ “Angelica at the Rock (After Ingres), Georges-Pierre Seurat”. ノートン・サイモン美術館公式サイト. 2025年12月20日閲覧。
参考文献
[編集]- 黒江光彦 監修『西洋絵画作品名辞典』三省堂、1994年、17頁。ISBN 978-4385154275。
- ジェイムズ・ホール; 高階秀爾 監修『西洋美術解読事典』河出書房新社、1988年、44-45頁。ISBN 978-4309267500。
- カリン・H・グリメ『ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル』Taschen、2008年、23-27頁。ISBN 978-4887833456。
- ロバート・ローゼンブラム 著、中山公男 訳『世界の巨匠シリーズ ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル』美術出版社、1970年、138-140頁。ISBN 978-4568160215。
- 国立西洋美術館 監修『アングル展』日本放送協会、1981年、「カタログ」8-9頁。