アレッサンドロ・マトリ

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アレッサンドロ・マトリ Football pictogram.svg
20150616 - Portugal - Italie - Genève - Alessandro Matri.jpg
名前
ラテン文字 Alessandro MATRI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1984年8月19日(32歳)
出身地 ロンバルディア州の旗 ロンバルディア州ローディ県
サンタンジェロ・ロディジャーノ
身長 184cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 USサッスオーロ・カルチョ
ポジション FW
背番号 --
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2007 イタリアの旗 ミラン 1 (0)
2004-2005 イタリアの旗 プラート (loan) 32 (5)
2005-2006 イタリアの旗 ルメッツァーネ (loan) 34 (13)
2006-2007 イタリアの旗 リミニ (loan) 28 (4)
2007-2011 イタリアの旗 カリアリ 125 (36)
2011-2013 イタリアの旗 ユヴェントス 69 (27)
2013-2016 イタリアの旗 ミラン 15 (1)
2014 イタリアの旗 フィオレンティーナ (loan) 15 (4)
2014-2015 イタリアの旗 ジェノア (loan) 16 (7)
2015 イタリアの旗 ユヴェントス (loan) 5 (0)
2015-2016 イタリアの旗 SSラツィオ (loan) 19 (4)
2016- イタリアの旗 サッスオーロ 0 (0)
代表歴2
2011- イタリアの旗 イタリア 7 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年8月17日現在。
2. 2015年6月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アレッサンドロ・マトリAlessandro Matri, 1984年8月19日 - )は、イタリアロンバルディア州サンタンジェロ・ロディジャーノ出身のサッカー選手セリエAUSサッスオーロ・カルチョ所属。ポジションはフォワードだが、セカンドアタッカーもこなす[1]

来歴[編集]

セリエAデビュー[編集]

ACミランのプリマヴェーラ出身。デビュー戦は2003年5月24日に行われたセリエA第34節(最終節)のピアチェンツァ戦。当時ミランはチャンピオンズリーグの決勝を控えており、この試合には控え組で挑んだため、出番が回ってきた。

同じミランのユース選手のマルコ・ボリエッロニコラ・ポッツィに比べると目立つ存在ではなかったため、2004-05シーズンはセリエC1ACプラートレンタル移籍で出される。翌年もC1のACルメッツァーネでプレーし、13ゴールを挙げた。2006-07シーズンはセリエBリミニ・カルチョFCに所属し、ここでも活躍。2007年7月3日に移籍金230万ユーロでカリアリに加入。

カリアリ[編集]

カリアリではロベルト・アクアフレスカアンドレア・ラッツァーリらと攻撃を牽引し、カウンターでの楔のプレーやポストプレーなどでチームに貢献した。3年目の2009-10シーズンには7試合連続ゴールを含む、38試合で13ゴールの活躍で、ミラン復帰やイタリア代表入りも囁かれるようになった。2010-2011シーズンも開幕から好調で前半戦で11ゴールを上げた。

ユヴェントス[編集]

移籍期間最終日の2011年1月31日ユヴェントスへのレンタル移籍が発表された[2]。シーズン終了までのレンタル移籍で、1550万ユーロでの買い取りオプションがつけられた[3]。背番号はカリアリ時代と同じ32番である。2月2日アウェーパレルモ戦でデビューした。リーグ戦16試合で9ゴールを記録し、ファビオ・クアリャレッラと並んでチーム得点王となった。6月22日にユヴェントスへの完全移籍が発表された。2011-12シーズンは得点こそ10得点だったものの、ミルコ・ヴチニッチとともに2トップを組み、リーグ優勝に貢献した。

ミラン復帰[編集]

2012-13シーズン終了後、ユヴェントスはカルロス・テベスフェルナンド・ジョレンテといった実力者を前線に獲得。出場機会が大幅に減ったため、2013年8月29日、ACミランの公式チャンネルでマトリのミラン復帰が発表。翌日、正式に移籍が決定[4]。背番号は9番である。カリアリ時代の恩師、マッシミリアーノ・アッレグリとの再会となったが、15試合で1ゴールと期待外れに終わった。

フィオレンティーナ[編集]

2014年1月、マリオ・ゴメスジュゼッペ・ロッシの怪我による離脱でFW不足のACFフィオレンティーナに半年のレンタル移籍が決定[5]。背番号はカリアリやユヴェントスでつけていた32番。

ジェノア[編集]

2014年7月、広州恒大足球倶楽部に移籍したアルベルト・ジラルディーノの後釜として、ジェノアCFCにレンタルでの加入が決定[6]

ユヴェントス復帰[編集]

2015年1月の移籍最終日、セバスティアン・ジョヴィンコの移籍に伴いFWの駒不足となったユヴェントスにレンタルでの復帰が決定。恩師マッシミリアーノ・アッレグリの下でプレーするのはこれで3度目となる。 2015年5月20日に行われたラツィオとのコッパ・イタリア決勝戦では延長前半に勝ち越し弾を決め、優勝に貢献した。

ラツィオ[編集]

2014-15シーズン後、ミランに復帰。アンドレア・ピルロが背負っていた21番を着用するなど意気込みを見せていたが、カルロス・バッカルイス・アドリアーノマリオ・バロテッリの獲得により競争が激化。

2015年8月、SSラツィオにレンタル移籍が決定。

サッスオーロ[編集]

2016年8月16日、USサッスオーロ・カルチョに移籍した。

代表[編集]

イタリア代表の一員として2011年2月9日に行われたドイツ代表との親善試合に招集されたが、出場機会はなかった。3月29日ウクライナ代表との親善試合で後半途中に出場、代表初ゴールを挙げている。

私生活[編集]

タイトル[編集]

クラブ
イタリアの旗 ユヴェントスFC

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]