アレグザンダー・マウントバッテン (初代キャリスブルック侯爵)

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アレグザンダー・マウントバッテン(1905年頃)

アレグザンダー・アルバート・マウントバッテン(Alexander Albert Mountbatten、1886年11月23日 - 1960年2月23日)は、連合王国女王ヴィクトリア王配アルバートの第5王女ベアトリスバッテンベルク公ハインリヒ・モーリッツの長男として誕生した。妹にスペイン国王アルフォンソ13世王妃ヴィクトリア・ユージェニーと弟2人がいる。

生涯[編集]

父親であるハインリヒ・モーリッツが、ドイツ領邦ヘッセン大公家出身であるため、ドイツ帝国における称号も保持していた。第一次世界大戦でドイツと英国が敵対関係であったため、英国の国民感情に配慮した王室の面々が、ドイツにおける称号を放棄したため、アレグザンダーもそれに従って放棄した。その放棄した称号には、父が名乗っていたバッテンベルク公の称号も含まれていたため、従兄のジョージ5世よりワイト島のキャリスブルック城にちなんだキャリスブルック侯爵英語版の称号を授与された。

1917年7月19日に、ロンデスバラ伯爵ウィリアム・フランシス・ヘンリー・デニソンの娘であるアイリーン英語版セント・ジェームズ宮殿の礼拝堂で結婚し、一女を儲けた。


1960年2月23日にケンジントン宮殿で死去した。アレグザンダーは、ヴィクトリア女王の孫の中で最後まで存命していた人物だった。