アレクサンドリーネ・フォン・プロイセン (1842-1906)

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アレクサンドリーネ・フォン・プロイセン
Alexandrine von Preußen
PrinsesAlexandrinevanpruisen.jpg
出生 (1842-02-01) 1842年2月1日
Flag of the German Confederation (war).svg ドイツ連邦ベルリン
死去 (1925-03-09) 1925年3月9日(44歳没)
ドイツの旗 ドイツ帝国ポツダム
配偶者 メクレンブルクヴィルヘルム
子女 シャルロッテ
父親 プロイセン王子アルブレヒト
母親 マリアンネ・ファン・オラニエ=ナッサウ
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アレクサンドリーネ・フォン・プロイセン (ドイツ語: Alexandrine von Preußen, 1842年2月1日 - 1906年3月26日)は、プロイセン王国の王族。全名はフリーデリケ・ヴィルヘルミーネ・ルイーゼ・エリーザベト・アレクサンドリーネドイツ語: Friederike Wilhelmine Luise Elisabeth Alexandrine)。プロイセン王子アルブレヒトの三女で、メクレンブルクヴィルヘルムの妻となった。

生涯[編集]

1842年2月1日、アルブレヒトとその妃であったオランダ王ヴィレム1世の王女マリアンネの間に第4子としてベルリンで生まれた。

1865年12月9日、メクレンブルク公ヴィルヘルムとベルリンで結婚した。夫との間には以下の1女をもうけた。

1906年3月26日、アレクサンドリーネはポツダム近くのマルリー宮殿(Schloss Marley)で死去した。