アル=アズハル大学

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アル=アズハル大学
Al-Azhar 2006.jpg
大学設置/創立 988年
学校種別 公立
設置者 不明
本部所在地 カイロ
ウェブサイト アル=アズハル大学公式サイト
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アル=アズハル大学英語: Al-Azhar University)は、カイロに本部を置くエジプト公立大学である。988年に設置された。 イスラム教スンナ派の最高教育機関として有名であり、現存する世界最古の大学の1つである。アル=アズハル学院とも呼称される。

歴史[編集]

アル=アズハル・モスク971年建立)に付属するマドラサとして988年に設立された。アズハルは「最も栄えある」の意味。

創立当初からの伝統では、イスラーム法学を志す者に対して誰にでもいつでも門戸を開放するという趣旨から、入学随時・出欠席随意・修業年限なし、という3原則を守っていた[1]プラトンアリストテレスなどギリシア哲学の研究が行われ、大学院にあたるコースも行っており、世界で最初の成熟した大学とみなされている。

創立当時のファーティマ朝下では、カリフが直接管理するか、カリフに代わる役人が統括して、大臣または国家の要人が直接教授の任にあたった。マムルーク朝下では、マムルーク騎士団アミールの一人が統括していた[2]

1517年、マムルーク朝を破ってカイロを手中にしたオスマン帝国セリム1世は、マムルーク時代に栄えた学校や学林モスクを次々と閉鎖したが、アズハルについては存続させ、みずからもエジプト滞在中にはアズハルモスクの金曜礼拝に参拝し、莫大な喜捨をおこなった[3]。このオスマン朝支配下の17世紀後半には、アズハル大学の総長職が確立した。カリフ制度が廃止された現在では、アル=アズハル大学の総長がスンナ派の最高権威とされる。

周辺イスラーム世界の各地から留学生を集め、その中からアズハル大学の教授になる者もいたが、19世紀末にスエズ運河が開通すると、さらに植民地支配下にある東南アジアの各地からの留学も増え、反植民地運動を志すグループを生んだ[4]

1961年ナセル政権下で学院は改組されて総合大学となり、伝統的なイスラーム学・イスラーム法学アラビア語学の3学部に加えて、新たに医学部・工学部・農学部および女子大学が設置された[5]

現在世界各地の大学で見られる、卒業式に黒いガウンアカデミックドレス)を着用する習慣は、アル=アズハル大学を卒業するイスラム学者たちのゆったりとしたローブが起源であるといわれている[6]

出身人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 飯森、1980年、138頁。
  2. ^ 飯森、1980年、140頁。
  3. ^ 飯森、1980年、136-137頁。
  4. ^ Roff, 1970, p.73.
  5. ^ 末近浩太著、小杉・江川編 「法学者 イスラーム社会を護持する」 2006年、230頁。
  6. ^ http://ja.egypt.travel/mobile/attraction/index/al-azhar-mosque

参考文献[編集]

  • 飯森嘉助 「オスマン朝支配下のアズハル大学 (1517-1798)」『現代思想』1980年2月号、青土社、1980年2月。
  • 小杉泰江川ひかり編 『イスラーム 社会生活・思想・歴史』 新曜社〈ワードマップ〉、2006年 ISBN 4788510057
  • Roff, William R., Indonesian and Malay Students in Cairo in the 1920's, indonesia No.9, 1970 April

関連項目[編集]

座標: 北緯30度2分45秒 東経31度15分45秒 / 北緯30.04583度 東経31.26250度 / 30.04583; 31.26250