アルマズベク・アタンバエフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
アルマズベク・アタンバエフ
Алмазбек Атамбаев
Almazbek Sharshenovich Atambayev
Almazbek Atambayev (2017-06-20, cropped) 02.jpg
アルマズベク・アタンバエフ(2017年6月)

任期 2011年12月1日2017年11月24日
首相 オムルベク・ババノフ英語版
ジャントロ・サティバルディエフ英語版
ジョオマルト・オトルバエフ英語版
テミール・サリエフ
ソーロンバイ・ジェーンベコフ
ムハンメトカルイ・アブルガジエフ英語版(代行)
サパル・イサコフ英語版

任期 2007年3月29日11月28日
元首 クルマンベク・バキエフ

任期 2010年12月17日2011年9月23日
元首 ローザ・オトゥンバエヴァ
任期 2011年11月14日12月1日
元首 ローザ・オトゥンバエヴァ

出生 (1956-09-17) 1956年9月17日(64歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Kyrgyz Soviet Socialist Republic.svg キルギス・ソビエト社会主義共和国チュイ州アラメジン地区英語版アラシャン
政党 キルギス社会民主党
出身校 モスクワ行政アカデミー
配偶者 ライザ・アタンバエヴァ

アルマズベク・シャルシェノヴィチ・アタムバエフキルギス語: Алмазбек Шаршенович Атамбаев1956年9月17日 - )は、キルギス共和国政治家キルギス人

官職では経済発展・産業・貿易相、首相代行、2010年発足の暫定政府の副首相、首相大統領(第4代)、党職ではキルギスタン社会民主党党首、「統合国民運動」議長を歴任した。

経歴[編集]

ビシュケク近郊のアラメジン地区英語版アラシャン村出身。1980年、「経済技師、生産統制組織者」専攻でモスクワ統制アカデミーを卒業。

1980年~1983年、キルギス・ソビエト社会主義共和国通信省の技師、主任経済官、フルンゼ市 (現ビシュケク市) のDU-3の主任技師として働く。1983年、ソ連作家連盟に加入。1983年~1987年、キルギス・ソビエト社会主義共和国最高会議幹部会事務局で働き、最高会議議長の報告官となる。

1987年~1989年、フルンゼ市ピェルヴォマイスキー地区執行委員会第一副議長。1989年、キルギスで最初の民間会社を設立。

1993年、キルギスタン社会民主党を創設。1995年と2000年、議会代議員に選出。アスカル・アカエフの反対派であり、2000年に代議員資格を剥奪された後、同年の大統領選に出馬した。2005年まで「キルギスアフトマシュ」会長。

2005年3月24日の集会の組織者の1人。同年4月28日、大統領候補に推薦されたが、5月13日、クルマンベク・バキエフフェリックス・クロフの二頭体制確立のために出馬を取りやめた。

2005年9月13日~20日、経済発展・産業・貿易相代行。2005年9月30日から経済発展・産業・貿易相を務め、2006年4月24日、バキエフ大統領と対立して辞職した。

2006年から「キルギスアフトマシュ」社長。同年7月から閉鎖型株式会社「サルィ-ジャズ・エネルゴ」会長。同年4月24日から「キルギスタンの改革のための」運動共同議長。

2007年3月29日から首相代行。3月30日、ジョゴルク・ケネシ (キルギス議会英語版) により首相として承認。10月21日の新憲法採択の国民投票後、政府は総辞職したが、次期ジョゴルク・ケネシ選挙まで首相を代行した。11月27日、辞職。

2008年12月24日から「統合国民運動」政治局員。2009年9月9日から「統合国民運動」議長。

2010年キルギス騒乱後の2010年4月8日、ローザ・オトゥンバエヴァを首班とする暫定人民政府の副首相に就任し、経済問題を担当することとなった。同年7月13日、辞任。同年12月17日に再び首相に就任した[1]

2011年大統領選挙に出馬し当選[2][3]。12月1日に就任し[4]、同時に首相を退任した。

2013年2月に訪日。

2015年8月の中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典に出席し、天安門広場を行進するキルギス共和国軍を閲兵した[5]

2017年5月には中国の一帯一路をテーマとした一帯一路国際協力サミットフォーラム英語版に出席した[6]

後任のソーロンバイ・ジェーンベコフ大統領との関係は良くなく、大統領時代にアタンバエフが汚職に関与しており、偽の書類を作り大物の犯罪者らを野放しにした容疑で2019年8月8日に政府の治安部隊により拘束された[7][8]。支持者と治安部隊の間で銃撃戦が行われ治安部隊員1名が死亡し、100名以上が負傷した。

2020年6月、汚職罪で11年2ヶ月の禁固刑を言い渡され収監。しかし同年10月4日の総選挙に端を発する反政府デモが広がり、議会議事堂や政府庁舎も襲撃され、10月6日に反政府デモ隊によって解放された[9]が、10月10日大規模混乱を組織した容疑で治安機関の特殊部隊に拘束された。[10]

人物[編集]

趣味は観光旅行。料理は下手で、出世を捨てて夫に尽くす妻(再婚、医学科学準博士)の手料理を食するのを好んでいる。初婚で2女(ディアナ、ディナラ)、再婚で1男1女を儲けた。

2007年11月28日、「ダナケル」勲章を受章。

脚注[編集]

  1. ^ Atambayev becomes Kyrgyz Prime Minister 17.12.2010, 20.09 イタルタス (英語)
  2. ^ PM Atambayev wins Kyrgyzstan presidential election BBC World News、2011年10月31日
  3. ^ “アタムバエフ氏が圧勝=政変後のキルギス大統領選”. 時事通信. (2011年10月31日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011103100024 2011年11月2日閲覧。 
  4. ^ “キルギス新大統領にアタムバエフ氏就任”. 日本経済新聞. (2011年12月1日). http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381959FE2E3E2E6808DE2E3E3E0E0E2E3E39494E3E2E2E2;at=DGXZZO0195570008122009000000 2011年12月7日閲覧。 
  5. ^ China's V-Day parade to attract world attention: Kyrgyz military official” (2015年9月2日). 2017年5月17日閲覧。
  6. ^ Atambayev to visit China to attend Belt and Road Forum”. 2017年5月17日閲覧。
  7. ^ “キルギス前大統領 汚職容疑による奇襲作戦で逮捕”. Sputnik 日本. スプートニク. (2019年8月9日). https://jp.sputniknews.com/incidents/201908096568348/ 2020年10月7日閲覧。 
  8. ^ “Kyrgyzstan's ex-president arrested after raids on home”. ラジオパキスタン. (2019年8月7日). https://www.radio.gov.pk/09-08-2019/kyrgyzstans-ex-president-arrested-after-raids-on-home 2020年10月7日閲覧。 
  9. ^ “キルギスでデモ隊が政府庁舎に突入、収監の前大統領を解放=現地サイト”. ロイター. (2020年10月6日). https://jp.reuters.com/article/kyrgyzstan-protests-idJPL4N2GX0VO 2020年10月7日閲覧。 
  10. ^ 共同通信 (2020年10月10日). “キルギス、解放の前大統領を拘束 首都郊外の邸宅で、治安機関 | 共同通信” (日本語). 共同通信. 2020年10月10日閲覧。