アルボイーノ

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アルボイーノ
Alboino
ランゴバルド王
イタリア王
Assassination of Alboin.jpg
『ロンゴバルド王アルボイーノの暗殺』 (1856年)
在位 ランゴバルド王:560年 - 572年
イタリア王:568年 - 572年
出生 526年?
死去 572年6月28日
ヴェローナ
配偶者 クロトジンド
  ロザムンダ
王朝 ガウシ朝
父親 アウドゥイーノ英語版
母親 Rodelinda
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アルボイーノAlboino, 526年? - 572年6月28日)は、ランゴバルド族の王(在位:560年 - 572年)、およびイタリア王(在位:568年 - 572年)である。最初の妻はフランク王クロタール1世の娘クロトジンド。567年パンノニアのゲピド族を部族長クニムンド英語版共々虐殺し、またクニムンドの娘ロザムンダ英語版を妻としたが、572年に彼女に暗殺された。アルボイーノは東ゴート王国の王族アマル家の血を引いている。アルボイーノの母Rodelindaが東ゴート王国初代テオドリック大王の妹アマラフリーダの孫娘(アマラフリーダの娘アマラベルガの子)だからである。故にアルボイーノはアマラフリーダの曽孫にあたり、アルボイーノとテオドリック大王は曽姪孫と曽祖伯父の関係で、テオドリック大王の曽孫ゲルマヌス(550年 - 605年、テオドリック大王の孫娘で東ゴート王国第3代アマラスンタの娘、第2代アタラリックの妹、西ゴート王国国王アマラリックの従妹であるマタスンタの息子。父は東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の甥ゲルマヌス・ユスティヌス(505年頃 - 550年))は三従弟である。アマラリックとアタラリック・マタスンタ兄妹は三従伯父母、アマラスンタは三従伯祖母である。また、アマラリックの娘ゴイスウィンタは三従姉妹、ゴイスウィンタの2人の娘(ガルスウィント、ブルンヒルダ)は三従姪、ゲルマヌスの二人の娘(母は東ローマ帝国皇帝ティベリウス2世の娘の1人チャリート(560年頃生誕)。長女(583年頃 - 605年)は東ローマ帝国皇帝マウリキウスとチャリートの姉妹コンスタンティアの長男テオドシウス(583年 - 602年)と結婚。子女なし。次女(585年 - 没年不明)はマウリキウスの東ローマ帝国皇帝ヘラクレイオスとの間に1男ヨハンネスを儲けた)も三従姪である。

関連項目[編集]


先代:
アウドゥイーノ英語版
ロンゴバルド王
560年頃 - 572年
次代:
クレーフィ
先代:
テーイア
イタリア王
568年 - 572年
次代:
クレーフィ