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アルフレッド・ヒッチコックのフィルモグラフィー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アルフレッド・ヒッチコック(1955年)

アルフレッド・ヒッチコックのフィルモグラフィーでは、イギリス出身の映画監督であるアルフレッド・ヒッチコックが、監督(共同監督を含む)、脚本プロデューサー美術監督字幕デザイナー、助監督などとして参加した映画テレビドラマの作品を一覧としてまとめる。

ヒッチコックはサスペンス映画またはスリラー映画のジャンルに位置する作品を多数手がけ、革新的な映画的技法を使用したことで広く知られ、「サスペンスの巨匠」「スリラーの神様」などと呼ばれた[1][2][3]。ヒッチコックは1920年代初頭にイギリス映画業界でサイレント映画の字幕デザイナーとしてキャリアを始め、次いで美術監督や助監督、脚本家を務めたあと、1925年に『快楽の園英語版』で監督デビューした[4]。それから1939年に至るまで、ヒッチコックはイギリスで23本の作品を監督した[5]。1939年にはアメリカ合衆国ハリウッドに活動の場を移し、1980年に亡くなるまでに30本の作品を監督したが、1948年以後はすべての監督作品でプロデューサーを兼任した[4][5]1955年からは『ヒッチコック劇場』でテレビに進出し、同番組でホスト役を務めたほか、約20本のエピソードを演出した[6]アカデミー賞では、『レベッカ』(1940年)が作品賞を受賞し、ヒッチコック自身は監督賞に5回ノミネートされた[2]。また、アメリカ国立フィルム登録簿には9本の監督作品が登録されている[7]

映画

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監督作品

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以下の一覧には、ヒッチコックが監督した長編映画だけでなく、短編映画、共同監督作品、未完の作品も記載している。表内の作品情報と記載順番は、特記がない限りは『定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(1990年)、『ヒッチコック』(2015年)、『ヒッチコック 完全なる殺人”芸術”家』(2018年)に収録されているフィルモグラフィーに基づく[8][9][10]

  • 邦題
  • 原題
クレジット 備考
監督 脚本 製作
1922年
Yes No Yes サイレント映画、未完成作品で失われた映画
1925年
Yes No No 英独合作のサイレント映画
1926年
Yes No No 英独合作のサイレント映画、失われた映画
アメリカ公開時のタイトルは『Fear o' God
1927年
  • 下宿人
  • The Lodger: A Story of the London Fog
Yes No No サイレント映画
Yes No No サイレント映画
別邦題表記は『下り坂』、アメリカ公開時のタイトルは『When Boys Leave Home
Yes No No サイレント映画
Yes Yes No サイレント映画
1928年
Yes No No サイレント映画
Yes Yes No サイレント映画
別邦題表記は『シャンペン』
1929年 Yes No No サイレント映画
Yes Yes No サイレントとトーキーの両方で公開(この作品以後はすべてトーキー作品)
別邦題表記は『ヒッチコックのゆすり』『ゆすり』
1930年 Yes No No エイドリアン・ブルネル英語版などと共同監督
ゴードン・ハーカー英語版が出演した数シーンを演出[11]
Yes No No
Yes Yes No
1931年 Yes Yes No 別邦題表記は『いかさま勝負』
Yes No No 『殺人!』のドイツ語版
Yes Yes No 別邦題表記は『金あり怪事件あり』『おかしな成金夫婦』
アメリカ公開時のタイトルは『East of Shanghai
1932年
Yes Yes No 別邦題表記は『十七番地』
1934年
Yes No No 別邦題表記は『ウィーンからのワルツ』
アメリカ公開時のタイトルは『Strauss' Great Waltz
Yes No No
1935年
Yes No No
1936年
Yes No No
Yes No No アメリカ公開時のタイトルは『The Woman Alone
1937年
Yes No No アメリカ公開時のタイトルは『The Girl Was Young
1938年
Yes No No
1939年
Yes No No
1940年 Yes No No アカデミー賞作品賞受賞、監督賞ノミネート[2]
アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
Yes No No
1941年
Yes No No
Yes No No
1942年
Yes No No
1943年
Yes No No アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1944年
Yes No No アカデミー賞監督賞ノミネート[2]
Yes No No イギリスの情報省英語版の依頼で作られた短編プロパガンダ映画
Yes No No イギリスの情報省の依頼で作られた短編プロパガンダ映画
The Fighting Generation[12] Yes No No アメリカの戦時国債の販売推進のために作られた短編プロパガンダ映画[12]
1945年
Yes No No アカデミー賞監督賞ノミネート[2]
1946年
Yes No Yes アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1947年 Yes No No
1948年 Yes No Yes
1949年
Yes No Yes
1950年
Yes No Yes
1951年
Yes No Yes アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1953年 Yes No Yes
1954年
Yes No Yes
Yes No Yes アカデミー賞監督賞ノミネート[2]
アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1955年
Yes No Yes
Yes No Yes
1956年
Yes No Yes 『暗殺者の家』のリメイク
Yes No Yes
1958年
Yes No Yes アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1959年
Yes No Yes アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1960年
Yes No Yes アカデミー賞監督賞ノミネート[2]
アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1963年
Yes No Yes アメリカ国立フィルム登録簿に登録[7]
1964年 Yes No Yes
1966年 Yes No Yes
1969年 Yes No Yes
1972年 Yes No Yes
1976年 Yes No Yes

その他の作品

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以下の一覧には、ヒッチコックが監督以外の役職で参加した映画作品を記載している。

  • 邦題
  • 原題
クレジット 備考 出典
製作 脚本 助監督 美術監督 字幕デザイン その他
1920年
No No No No Yes ヒュー・フォード英語版監督、失われた映画 [13]
[14]
1921年
No No No No Yes ヒュー・フォード監督、失われた映画
No No No No Yes ドナルド・クリスプ監督、失われた映画
No No No No Yes ポール・パウエル監督、失われた映画
No No No No Yes ドナルド・クリスプ監督、失われた映画
No No No No Yes ポール・パウエル監督、失われた映画
No No No No Yes ドナルド・クリスプ監督、失われた映画
1922年
No No No Yes Yes ジョージ・フィッツモーリス英語版監督
No No No No Yes ジョン・S・ロバートソン英語版監督
別のタイトルに『Love's Boomerang
No No No Yes Yes ジョン・S・ロバートソン監督、失われた映画
No No No Yes Yes ジョージ・フィッツモーリス監督
No No No Yes Yes ドナルド・クリスプ監督、失われた映画
1923年 No No No No No 監督協力
プロダクションマネージャー
シーモア・ヒックス英語版監督
フィルムが部分的に現存している映画[15]
[8]
[14]
No Yes Yes Yes No グレアム・カッツ英語版監督、失われた映画
No Yes Yes Yes No グレアム・カッツ監督
フィルムが部分的に現存している映画[16]
1924年
No Yes Yes Yes No グレアム・カッツ監督
1925年
No Yes Yes Yes No グレアム・カッツ監督
No Yes Yes Yes No グレアム・カッツ監督
フィルムが部分的に現存している映画
1932年 Yes No No No No ベン・W・レヴィ英語版監督 [8]
1945年 No No No No No トリートメント・アドバイザー[注 1] シドニー・バーンスタイン英語版が製作したナチス・ドイツの強制収容所に関するドキュメンタリー[注 2] [17]
[18]

テレビドラマ

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ヒッチコックは30分枠のテレビシリーズ『ヒッチコック劇場』(1955年 - 1962年)と1時間枠の後続番組『ヒッチコック・サスペンス』(1962年 - 1965年)でホスト役(日本語吹替えは熊倉一雄)を担当し、前者で17話、後者で1話のエピソードを演出した[6][19]。これら以外にも2つのテレビシリーズで1話ずつ演出を手がけ、1つのテレビシリーズのエピソードで製作総指揮を担当した。以下の一覧には、ヒッチコックが手がけたテレビシリーズのエピソードを記載している。

放送年
  • エピソードタイトル
  • 原題
テレビシリーズ クレジット 出典
1955年
  • 生と死の間
  • Breakdown
監督 [6]
[20]
  • 復讐
  • Revenge
監督
  • ペラム氏の事件
  • The Case of Mr.Pelham
監督
1956年
  • 酒蔵
  • Back for Christmas
監督
  • 雨の土曜日
  • Wet Saturday
監督
  • 越して来た人
  • Mr. Blanchard's Secret
監督
1957年
  • もうあと一マイル
  • One More Mile to Go
監督
  • 完全なる犯罪
  • The Perfect Crime
監督
  • 四時
  • Four O'Clock
  • サスピション
  • Suspicion
監督
1958年
  • 凶器
  • Lamb to the Slaughter
  • ヒッチコック劇場
  • Alfred Hitchcock Presents
監督
  • Dip in the Pool
監督
  • 毒蛇
  • Poison
監督
1959年
  • 亡霊の見える椅子
  • Banquo's Chair
監督
  • 殺人経験者
  • Arthur
監督
  • アルプスの悲恋
  • The Crystal Trench
監督
1960年
  • 曲り角でのできごと
  • Incident at a Corner
  • フォード・スタータイム
  • Startime
監督
  • 女性専科第一課 中年夫婦のために
  • Mrs. Bixby and the Colonel's Coat
  • ヒッチコック劇場
  • Alfred Hitchcock Presents
監督
1961年
  • 神よ許し給え
  • The Horseplayer
監督
  • バアン! もう死んだ
  • Bang! You're Dead
監督
1962年
  • The Jail
  • Alcoa Premiere
製作総指揮 [21]
  • ひき逃げを見た!
  • I Saw the Whole Thing
監督 [6]
[20]

脚注

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注釈

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  1. ^ 映画ライターのマイケル・ブルックによると、ヒッチコックはニュース映画の素材の編集を監修する役割を担当していたという[17]
  2. ^ この作品は製作中に棚上げされたが、その後、イギリスの帝国戦争博物館によって完成版が作られ、2014年ベルリン国際映画祭で初公開された[18]

出典

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  1. ^ Alfred Hitchcock”. 英国映画協会. 2016年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月17日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g Flint, Peter B. (1980年4月30日). “Alfred Hitchcock Dies; A Master of Suspense”. The New York Times. オリジナルの2016年3月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160324152219/http://www.nytimes.com/learning/general/onthisday/bday/0813.html 2022年2月17日閲覧。 
  3. ^ 山田 2016, p. 8.
  4. ^ a b 山田 2016, pp. 306–307.
  5. ^ a b ヒッチコック & トリュフォー 1990, p. vi.
  6. ^ a b c d ヒッチコック & トリュフォー 1990, pp. xx–xxii.
  7. ^ a b c d e f g h i j Complete National Film Registry Listing”. Library of Congress. 2022年2月17日閲覧。
  8. ^ a b c ヒッチコック & トリュフォー 1990, pp. vii–xx.
  9. ^ ロメール & シャブロル 2015, pp. 212–222.
  10. ^ 河出書房新社 2018, pp. 10–16.
  11. ^ スポトー(上) 1988, pp. 213–214.
  12. ^ a b Alfred Hitchcock and The Fighting Generation” (2009年2月). 2022年2月17日閲覧。
  13. ^ スポトー(上) 1988, pp. 110–111.
  14. ^ a b McGilligan 2005, pp. 935–941.
  15. ^ The Shaping of Alfred Hitchcock”. British Film Institute. 2016年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月29日閲覧。
  16. ^ ヒッチコックの「失われた」映画を発見、ニュージーランド”. AFPBB News (2011年8月4日). 2021年12月29日閲覧。
  17. ^ a b Brooke, Michael. “Hitchcock at War”. British Film Institute. 2016年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月17日閲覧。
  18. ^ a b van Hoejj, Boyd (2014年2月14日). “German Concentration Camps Factual Survey: Berlin Review”. The Hollywood Reporter (Prometheus Global Media). オリジナルの2015年7月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150709202144/http://www.hollywoodreporter.com/review/german-concentration-camps-factual-survey-680341 2022年2月17日閲覧。 
  19. ^ 山田 2016, p. 253.
  20. ^ a b スポトー(下) 1988, pp. 52–59.
  21. ^ The Complete Hitchcock: Television”. Paley Center for Media. 2016年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月15日閲覧。

参考文献

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  • 河出書房新社編集部 編『ヒッチコック 完全なる殺人”芸術”家』河出書房新社〈KAWADE夢ムック〉、2018年11月。ISBN 978-4309979601 
  • ドナルド・スポトー 著、勝矢桂子他 訳『ヒッチコック 映画と生涯』 上、早川書房、1988年6月。ISBN 978-4152033536 
  • ドナルド・スポトー 著、勝矢桂子他 訳『ヒッチコック 映画と生涯』 下、早川書房、1988年6月。ISBN 978-4152033543 
  • アルフレッド・ヒッチコック、フランソワ・トリュフォー 著、山田宏一蓮實重彦 訳『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー晶文社、1990年12月。ISBN 978-4794958181 
  • 山田宏一『ヒッチコック映画読本』平凡社、2016年12月。ISBN 978-4582282634 
  • エリック・ロメールクロード・シャブロル 著、木村建哉、小河原あや 訳『ヒッチコック』インスクリプト、2015年1月。ISBN 978-4900997516 
  • McGilligan, Patrick (2005) (ポーランド語). Alfred Hitchcock: Życie w ciemności i pełnym świetle. Twój Styl. ISBN 978-8371635052. https://books.google.pl/books/about/Alfred_Hitchcock.html?id=Ij7rAAAACAAJ&redir_esc=y 

関連項目

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外部リンク

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