アルビン・クルティ
| アルビン・クルティ Albin Kurti | |
|---|---|
2023年2月撮影 | |
| 就任 2021年3月22日 | |
| 前任者 | アブドゥッラー・ホティ |
| 任期 2020年2月3日 – 2020年6月3日 | |
| 前任者 | ラムシュ・ハラディナイ |
| 後任者 | アブドゥッラー・ホティ |
| 就任 2018年1月21日 | |
| 前任者 | ビザール・イメリ |
| 任期 2005年6月12日 – 2015年2月18日 | |
| 前任者 | (新設) |
| 後任者 | ビザール・イメリ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | 1975年3月24日(50歳) コソボ社会主義自治州 プリシュティナ |
| 国籍 | コソボ系アルバニア人 |
| 政党 | ヴェテヴェンドシェ! |
| 配偶者 | Rita Augestad Knudsen |
| 出身校 | プリシュティナ大学 |
| 署名 | |
| 兵役経験 | |
| 政治部門代表 | コソボ解放軍 |
アルビン・クルティ(アルバニア語:Albin Kurti、1975年3月24日 - )は、コソボの政治家。現在、同国首相、ヴェテヴェンドシェ!代表。
来歴
[編集]ユーゴスラビア社会主義連邦共和国内セルビア社会主義共和国を構成するコソボ社会主義自治州のプリシュティナで1975年に生まれた。1997年にプリシュティナ大学学生連合の副議長となり、1997年秋と1998年春の非暴力の抵抗運動を組織した。アデム・デマチがコソボ解放軍の政治部門の代表者となると、クルティはデマチの下で働いた。1999年4月、NATOによるユーゴスラビア空爆のさなか、クルティはセルビア当局によって逮捕され、「ユーゴスラビアの領土的統一を危険にさらし、テロリズムとつながりのある敵対行為の遂行に加担した」として訴追された。セルビアでスロボダン・ミロシェヴィッチ政権が崩壊したあとの2000年に釈放された。
2000年以降、コソボの政治からは距離を置いていたが、国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)と汚職に対する厳しい追及を始めた。クルティは親類を紛争で失った人々の支援を得て非暴力抗議運動を展開し、コソボの民族自決権を希求した。しかし2007年2月のデモ行動で、国連警察によって2人の非武装のデモ参加者が殺害され80人が負傷した際に逮捕され、7月まで拘留され、その後警察の護衛のもと自宅軟禁に置かれた。アムネスティ・インターナショナルはクルティに対する訴訟の不正常を非難している。クルティはその後も「積極的な非暴力の抵抗」を支持している[1]。
2019年10月6日執行の総選挙にてヴェテヴェンドシェ!は第1党となり、2020年1月20日、新首相候補にクルティを決定しハシム・サチ大統領に通知。同日、サチ大統領はクルティを新首相に指名し組閣を命じた[2]。同年2月3日、議会で反対派が退席する中、120議席中賛成66票で政権が承認された[3]。しかし世界中で流行するCOVID-19への対応を巡ってはサチ大統領と意見が対立し、3月18日には大統領の非常事態宣言に反対するクルティを批判した内務大臣が解任される[4]など連立政権内に不協和音が生じ、同年3月25日に内閣不信任決議案が賛成82、反対32、棄権1票で可決された[5]。6月3日にアブドゥッラー・ホティ元財務大臣が新首相に選出されたこと受け退任[6]。2021年2月14日執行の総選挙にてヴェテヴェンドシェ!は議席を積み増して過半数に迫り、クルティは3月22日に再び首相に選出された[7]。
2022年9月22日、来たる27日に実施予定の故安倍晋三国葬儀にクルティ首相がコソボ代表として参列することが、日本国外務省により発表された[8][9]。
2025年2月9日執行の総選挙にてヴェテヴェンドシェ!は48議席を獲得。4月15日に第9議会が新たに招集されたが、野党は議会招集の前には首相が辞任しなければならないとして反発。クルティは当初、議会のグラウク・コニュフツァ議長に送った書簡の中で現政権は3月23日に4年間の任期を終えているとする旨を記したほか、3月27日は中央選挙管理委員会に対して既に政府は事実上辞任しているとする声明を発表し受理されていた。しかし最終的には4月15日付で首相を辞任した[10]。その後、議会は指導部のうちセルビア系副議長の選出に手間取り機能停止状態となるが、10月10日にネナド・ラシッチを選出したことで9カ月間に及ぶ膠着状態が終了し、新政権選出のプロセスがようやく動き出した[11]。クルティは11日にヴィヨサ・オスマニ大統領より新政権樹立を要請され[12]、26日に閣僚名簿を発表したが、議会は賛成56票、反対52票、棄権4票で新政権の承認を否決した(可決には61票が必要)[13]。その後、グラウク・コニュフツァ元大統領代行(前議会議長)が新首相に指名され、クルティを副首相兼外相とする閣僚名簿も発表されたが、結局は議会で賛成56票、反対53票、棄権4票で新政権の承認は否決され(可決には61票が必要)、12月28日に議会総選挙が行われることが決定した[14]。
参考文献
[編集]- Information on Albin Kurti's arrest in 1999
- Information on Albin Kurti's prosecution by UNMIK since February 2007
脚注
[編集]- ^ http://www.newkosovareport.com/200811101380/Vetevendosje/Old-signs.html
- ^ “Kosovo President Mandates Albin Kurti To Form Long-Delayed Government”. ラジオ・フリー・ヨーロッパ. (2020年1月20日) 2020年1月21日閲覧。
- ^ “Albin Kurti: Kosovo's new president vows to rebuild Serbia ties”. ユーロニュース. (2020年2月3日) 2020年2月4日閲覧。
- ^ “【コソボ】 内務大臣が解任 「新型コロナウイルスに関してパニックを拡散」”. TRT日本語. (2020年3月19日) 2020年3月26日閲覧。
- ^ “Assembly of Kosovo passes a motion of no confidence in Kurti’s Government”. European Western Balkans. (2020年3月26日) 2020年3月26日閲覧。
- ^ “Kosovar Lawmakers End Months Of Turmoil, Approve New Government With Hoti As PM”. ラジオ・フリー・ヨーロッパ. (2020年6月3日) 2020年6月4日閲覧。
- ^ “Kosovo Parliament Elects Albin Kurti as Prime Minister”. Balkan Insight. (2021年3月22日) 2021年3月23日閲覧。
- ^ 故安倍晋三国葬儀への各国・地域・国際機関等からの参列 | 外務省
- ^ 「故安倍晋三国葬儀への参列:各国・地域・国際機関等の名称及び代表者名」(PDF)
- ^ “Kosovë, Kurti jep dorëheqjen nga posti i kryeministrit”. アナドル通信社. (2025年4月15日) 2025年11月3日閲覧。
- ^ “ネナド・ラシッチがコソボ議会の副議長に選出されたが、セルビア人名簿の9人の候補者の投票は否決された。”. KoSSev. (2025年10月12日) 2025年11月3日閲覧。
- ^ “President Osmani mandates Mr. Albin Kurti to form the Government of the Republic of Kosovo”. コソボ大統領府. (2025年10月11日) 2025年11月3日閲覧。
- ^ “Kosovo Plunged Into Turmoil As Lawmakers Reject New Kurti Government”. ラジオ・フリー・ヨーロッパ. (2025年10月26日) 2025年11月3日閲覧。
- ^ “Kosovo heads for snap election after months of political deadlock”. ポリティコ. (2025年11月20日) 2025年11月26日閲覧。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 アブドゥッラー・ホティ |
第10代:2021 - |
次代 (現職) |
| 先代 ラムシュ・ハラディナイ |
第8代:2020 |
次代 アブドゥッラー・ホティ |
| 党職 | ||
| 先代 ビザール・イメリ |
ヴェテヴェンドシェ!代表 第3代:2018 - |
次代 (現職) |
| 先代 (創設) |
ヴェテヴェンドシェ!代表 初代:2001 - 2015 |
次代 ビザール・イメリ |