アラプハ

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アラプハ(英:Arrapha/Arrapkha)はイラク北東部に位置する古代都市。現在はキルクークとなっており、アラプハは労働者の居住区として建設されたキルクークの住宅地の名称となった。

歴史[編集]

古代アラプハはサルゴンアッカド帝国の一部であったものの、ナラム・シンの治世の中、ルルビの襲撃に遭った。

その後、アラプハはグティ人に紀元前2150年頃に占領された。アラプハは短期間で滅ぶグティ王国の首都であったが、グティ人は滅ぶ前にウル第3王朝によって追い出されてしまう。

紀元前2090年、古アッシリアの一部となるが、ハンムラビによりバビロニア王国の一部となる。しかし、すぐにアラプハは再び古アッシリアの一部となる。

それに続いてアラプハはウル第3王朝、古アッシリア、バビロニアによって征服されながらも、紀元前18世紀頃、アッシリアとバビロニアの支配下においては重要な貿易の中心地であった。さらに、紀元前15世紀から14世紀初頭にかけては、ミッタニ支配下の地域の南東端に位置するフルリ人(フリ人)の小さな王国アラプハの首都となったが、中アッシリア時代にアッシリアに完全に組み込まれた。

この都市はアッシリアの一部として紀元前11世紀から10世紀にかけて非常に有名になった。紀元前615年、アッシリア人がバビロニア人の暴力的反乱に占領されたのを見てメディアキュアクサレス2世は新アッシリア帝国の最後の要塞の一つであるアラプハに首尾よく侵入した。その後アラプハはペルシア支配下のアトゥラ県の一部となった。

アラプハは現在のキルクークの地下に存在する為、発掘されていない。