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アメリカンウォーターフロント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アメリカンウォーターフロント (American Waterfront) は、東京ディズニーシー (TDS)にあるテーマポートの一つ。20世紀初頭のアメリカの街並みをコンセプトとしており、大都会ニューヨークをイメージしたエリアと、ニューイングランドにある田舎の漁村「ケープコット」という、趣の異なる2つのから構成される[1][2]。ニューヨークのエリアは、馬車自動車鉄道に取って代わり、ガス灯電灯へと移り変わった時代を舞台としている。一方、ケープコットでは昔からタラ漁が営まれてきた、のどかなアメリカの原風景が広がっており、いずれも古き良きアメリカを再現している[1]

景観

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ニューヨーク

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ニューヨークは、20世紀初頭のアメリカの大都市を舞台としたエリアであり、その街並みと大都市の活況を再現している[1][2]。また、馬車から自動車、ガス灯から電灯へ移り変わる都市の過渡期をコンセプトとしており、街路にはトロリーの高架化により使われなくなったレール跡や、古い街路設備などが残されている[3]。当時のニューヨークでは、建物に暖房用スチームを供給するため道路の下に配管が敷設されており、マンホールから蒸気が噴き出す様子も演出されている[4]

ニューヨーク港

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港には、出港を控えた20世紀初頭の最新型豪華客船という設定の「S.S.コロンビア号」が停泊している[1]。なお、「S.S.」とはSteamship蒸気船)の略である[1]。S.S.コロンビア号の船尾に設けられた「海底展望室」にはアトラクション『タートル・トーク』があり、併設のミュージアムでは、同船の歴史や構造が紹介されている[5]。船内には複数の施設があり、Bデッキ(3階)にはレストランのS.S.コロンビア・ダイニングルームが、Cデッキ(2階)にはテディ・ルーズヴェルト・ラウンジが設けられている[6]

なお、2007年時点の文献では、S.S.コロンビア号は初出港を間近に控え、港は祝賀ムードに包まれているという設定であり、レストランのセイリングデイ・ブッフェでは就航記念パーティが開催されているとされていた[7]。一方、2025年時点の文献では、タートル・トーク内のミュージアムにおいて、1912年に港からS.S.コロンビア号が初航海に出た様子が過去のものとして展示されていることが確認できる[5]

S.S.コロンビア号が停泊する54番埠頭の広場ホレイショースクエアの中央には巨大なスクリューが設置されている[1][4]。これは、1888年の冬に初航海へ出航したものの、大波に飲まれて沈没したS.S.ガルガンチュア号の唯一の遺物であるという設定であり、航海の安全を祈念する象徴として置かれている[4]

ハドソンリバードックからコロンバスサークル

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港からメディテレーニアンハーバー方面へ進むと、左手に広がるのがハドソンリバードックである[7]。ここには貨物船漁船が停泊しており、この中で最も大きな貨物船はセント・エルモ (St.Elmo) である[8]。船名は、雨の日にマストの先が青白く発光する現象「セントエルモの火」に由来する[9]。この現象は、かつての船乗りたちが守護聖人であるエルモの加護と考えたことから、名付けられた[9]。また、この船は依頼に応じて航行し、決まった経路やスケジュールを持たないトランプフレイターといった形態であるという設定である[8]

さらに、2本マストの貨物船シーウルフ (Sea Wolf) [8]、小型で「パイロットスループ」と呼ばれ、港に不慣れな操舵員を運ぶ役割を持つポキープシ・プリンセス (Poughkeepsie) [9]、パトロール船で当時のニューヨーク市警察の署長の名前に由来するR.ワルドー (R.Waldo) [10]のほか、ドーントレス (Dauntless)、タマニー・トゥイード (Tammany Tweed)、カレイジャス (Courageou)、ナンシー・ドーソン (Nancy Dawson) といった船舶が配置されている[11][12]

ハドソンリバードックからさらにメディテレーニアンハーバー方面へ、ウォーターストリート (Water Street) と呼ばれる通りを進むと、アメリカ大陸の発見者であるクリストファー・コロンブスの像が立つ、コロンバスサークル (Columbus Circle) と呼ばれる円形の広場に出る[13]。コロンブスはイタリア出身であることから、ニューヨークの玄関口となるこの広場に立ち、イタリアをコンセプトにしたメディテレーニアンハーバーの方向を向いているという演出が施されている[7]

ブロードウェイ

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コロンバスサークルから港方面とは別の方向に延びるのがブロードウェイ (Broadway) と呼ばれる通りで[14]、ニューヨークでは、劇場街として有名な同名の通りが実在する[13]。沿道には装飾が施された百貨店やレストラン、シアターなどが配置されている[15]。沿道のニューヨーク・デリに至る小道は、20世紀初頭に多くのミュージシャンが活動した実在の通りと同名の、ティンパンアリー (Tin Pan Alley) と呼ばれる[13]。また、ブロードウェイとウォーターストリートを結ぶ高架下の通りは、こちらも実在の通りと同名の、デンラシーストリート (Delancey Street) と呼ばれる[11][16]

トロリーとニューヨーク

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19世紀後半、ニューヨークの街の発展に伴い、陸上交通は馬車から自動車へと移行し、トロリーと呼ばれる路面電車が走行するようになった[3]。しかし、自動車の通行量が増えるにつれて交通渋滞が問題となり、トロリーの線路は高架化された[3]。このような過渡期の時代をコンセプトとしていることから、道路には路面電車のレール跡が残されているほか、馬留めや「馬車通行禁止」の看板などが見られる[3]

そのトロリーの終点に造られた遊園地が、トイビル・トロリーパーク (Toyville Trolley Park) であり、トロリーの運営会社がそのまま遊園地を運営しているという設定のエリアである[17]。ニューヨークのブルックリンにあった20世紀初頭のルナパークをモチーフにしている[17]

パークアベニュー

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港からトイビル・トロリーパークまでを結ぶ、ウォーターフロントパークに面した通りはパークアベニュー (Park Avenue) と呼ばれ、沿道にはホテルハイタワー、ニューヨーク市水道局、そしてS.S.コロンビア号を所有するU.S.スチームシップ・カンパニーの建物が立ち並んでいる[1]

ケープコッド

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アメリカ北東部のマサチューセッツ州にある同名の半島の、プロビンスタウンをモデルにしている[18]。ニューヨークの喧騒とは打って変わり、アメリカの原風景が広がる[1]、のどかな漁村といった様相である[11]

ケープコッドは「タラの岬」を意味するが、その由来はレストラン「ケープコッド・クックオフ」の店内に掲げられた額に記されている[19]。時は1860年に遡り、2隻のイギリス船が僅差でこの地に到着した。先に上陸したエリアス・ウィンシロップ船長は「ウィンスロップ」、後から上陸したヨシュア・ベッドフォード船長は「ベッドフォード・グローブ」と命名したが、両者は譲らず、別の名称を付けることになった。いくつかの候補が挙げられたものの、いずれも却下されて決定に至らなかった。その様子を群衆の中で見ていた一人の女性が、水中を泳ぐコッドフィッシュ(タラ)に気づき、「船長さんたち、みんなお腹が空いたよ。ここをケープコッドと呼ぶことにしましょう」と提案した。これに人々が賛同し、以後この地はケープコッドと呼ばれるようになった[19][20]

タラ漁が盛んであることから、アメリカンウォーターフロント・ドックには、グランドバンクス・カナリーと呼ばれるタラの缶詰工場が設けられている[21][20]。なお、グランドバンクスとは、カナダ沖に位置するタラ漁場として知られる大陸棚のことである[21]。ドックに入って右手にあるオフィスには、出荷伝票や注文内容が書き留められたボードがあり、缶詰を木箱に詰める作業場も確認できる[22]。ボードのメモには、ホール、切り身、肝臓イワシなどの記載があり、缶の一部には「COD LIVER OIL」の文字も見られることから、タラの肝油を含む多様な缶詰製品が製造されている設定であることがわかる[23]

メインストリートは、ピーコッドストリート (Pequod Street) と呼ばれ、ケープコッド・クックオフとアーント・ペグズ・ヴィレッジストアの正面を通る[11]

施設

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アトラクション

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ショップ

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  • アーント・ペグズ・ヴィレッジストア
  • スチームボート・ミッキーズ
  • スリンキー・ドッグのギフトトロリー
  • タワー・オブ・テラー・メモラビリア
  • ニュージーズ・ノヴェルティ
  • マクダックス・デパートメントストア

レストラン

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  • S.S.コロンビア・ダイニングルーム
  • ケープコッド・クックオフ
  • ケープコッド・コンフェクション
  • ドッグサイドダイナー
  • テディ・ルーズヴェルト・ラウンジ
  • デランシー・ケータリング
  • ニューヨーク・デリ
  • バーナクル・ビルズ
  • ハイタイド・トリート
  • ハドソンリバー・ハーベスト
  • パパダキス・フレッシュフルーツ
  • リバティ・ランディング・ダイナー
  • レストラン櫻

劇場

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サービス施設

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エンターテインメント

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物語

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ゆかりの人物

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エンディコット一族
ニューヨークエリアの建物には定礎のような金属プレートが埋め込まれているものがあるが、そこで頻出するのがエンディコットの名である。
コーネリアス・エンディコット三世は、S.S.コロンビア号を所有するU.S.スチームシップ・カンパニーの社長であり、その娘であるベアトリス・ローズ・エンディコットは、ホテルハイタワーの保存を主張しているニューヨーク市保存協会の創立者である。
ハリソン・ハイタワー三世
ホテルハイタワーのオーナーであったが、1899年以降行方不明となっている。エンディコット三世とは因縁の仲であったとされる。
マンフレッド・ストラング
ニューヨーク・グローブ通信の記者。ホテルハイタワーとハイタワー三世の謎を追い続けている人物で、ホテル見学ツアーの実施に反対している。彼が所属しているニューヨーク・グローブ通信のオフィスは、ブロードウェイ・ミュージックシアターの隣にある。

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d e f g h 講談社 2025, p. 26.
  2. ^ a b 畑山 & 宮原 2007, pp. 46–47.
  3. ^ a b c d 講談社 2025, p. 46.
  4. ^ a b c 講談社 & WDJ 2006, p. 40.
  5. ^ a b 講談社 2025, p. 40.
  6. ^ 講談社 2025, p. 41.
  7. ^ a b c 畑山 & 宮原 2007, p. 46.
  8. ^ a b c 畑山 & 宮原 2007, p. 94.
  9. ^ a b c 畑山 & 宮原 2007, pp. 94–95.
  10. ^ 畑山 & 宮原 2007, p. 95.
  11. ^ a b c d 講談社 2025, p. 27.
  12. ^ 講談社 2025, p. 50.
  13. ^ a b c 畑山 & 宮原 2007, p. 86.
  14. ^ 畑山 & 宮原 2007, p. 47.
  15. ^ 講談社 2025, pp. 26–27.
  16. ^ 畑山 & 宮原 2007, pp. 86–87.
  17. ^ a b 講談社 2025, p. 39.
  18. ^ ディズニーファン 2016, pp. 28–29.
  19. ^ a b 畑山 & 宮原 2007, p. 139.
  20. ^ a b 講談社 & WDJ 2006, p. 47.
  21. ^ a b 畑山 & 宮原 2007, p. 118.
  22. ^ 畑山 & 宮原 2007, pp. 118–119.
  23. ^ 畑山 & 宮原 2007, p. 119.

参考文献

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  • 講談社ハートウォームシリーズウォルト・ディズニー・ジャパン 編『海の絵本』講談社、2006年8月26日。ISBN 978-4063789515 
  • 畑山信也、宮原志夫 著、東京図鑑 編『東京ディズニーシー物語』講談社、2007年3月20日。ISBN 978-4-06-213717-1 
  • ディズニーファン編集部 編『東京ディズニーシー 15周年クロニクル』講談社、2016年6月8日。ISBN 978-4-06-350525-2 
  • 講談社 編『もっと知りたい! 東京ディズニーシー くわしすぎる大図鑑』講談社、2025年8月19日。ISBN 978-4-06-538091-8 

外部リンク

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