アマゾン文明

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アマゾン熱帯雨林

アマゾン文明(アマゾンぶんめい)は、南米アマゾン川流域に存在したとされる文明圏

アマゾン川流域というと熱帯雨林地帯で、そこに住む人々は素朴な自然の民というイメージがあるが、少なくとも千数百年前までは低木草原地帯も多く存在しており、また16世紀のスペイン人の探検記録にも、巨大な現地人の集落が多数存在しているとの報告があり、また1720年の記録でも、「一日歩けば10-20の村を通り過ぎる」「道路はまっすぐで広く、きれいに管理されていて一枚の落ち葉さえ見当たらない」との報告もあるが、こうした古い報告は1970年代までなぜか無視されていた。

現在では、ヨーロッパ人渡来以前に、都市を中心とする複合社会がアマゾン河流域に存在していたことが判明しており、アマゾン河口のマラジョ島、マナオス周辺、上流のアクレ州、モホス平原、マットグロッソ州シングー先住民保護区等の地域で、そうした社会の存在が確認されている。シングー地区では、13世紀ごろに、道路網で結ばれた多数の集落群が存在していた。ただ、アマゾン流域のこうした社会は、ヨーロッパ人渡来以前に既に衰退していたのは確かなようで、その衰退の原因は現在のところ不明である。

ボリビアモホス平原付近においては、古代人は「ロマ」(スペイン語で丘の意味)と呼ばれる盛り土をした場所に居住し、各ロマを「テラプレン」と呼ばれる道路で繋いだネットワークを形成していた、とされる。ロマやテラプレンに関しては、実際上空写真からその痕跡を確認することができる。また、人造湖を作り灌漑用水を用いた農業を営んでいたとされ、今日でも2000以上の人造湖跡や農地跡が確認されている。実松克義によると、この地域の文明は紀元前1000年頃から発展したが、西暦1000年以降は衰退を始めていたと言う。

参考資料[編集]

  • 実松克義『衝撃の古代アマゾン文明 - 第五の大河文明が世界史を書きかえる』(講談社、2004年)
  • 日経サイエンス 2010年1月号

関連項目[編集]