アベハゼ

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アベハゼ
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: スズキ目 Perciformes
亜目 : ハゼ亜目 Gobioidei
: ハゼ科 Gobiidae
亜科 : ゴビオネルス亜科 Gobionellinae
: アベハゼ属 Mugilogobius
: アベハゼ M. abei
学名
Mugilogobius abei
(Jordan & Snyder, 1901)
シノニム

Ctenogobius abei Jordan & Snyder, 1901
Gobius abei (Jordan & Snyder, 1901)
Tamanka bivittata Herre1927
Gobius bivittata (Herre1927)[1]

和名
アベハゼ
英名
estuarine goby[2]

アベハゼ (阿部[3]沙魚、Mugilogobius abei) は、北西太平洋汽水域に生息するアベハゼ属英語版ハゼの一[1]水質汚染に強く、他の魚類が生息できないような環境でも生きていくことができる。

形態[編集]

最大で全長4センチメートルから5センチメートル[4][5]頭部は丸く、の間がやや広い[6]。体の模様は前半と後半で異なり[5]、前半の体幹部には黒褐色の横帯が数本あるが、尾部から尾びれにかけての後半部には、同じ黒褐色ではあるものの横帯ではなく縦帯が2本走る[4]。尾びれはうちわのような丸い形で、放射状の黒い筋が入る[5]。第1背びれの棘のうち数本が糸のように長く伸びる[7]

分布[編集]

日本(宮城県富山湾以南から瀬戸内海隠岐対馬種子島)、朝鮮半島台湾渤海黄海東シナ海に分布し、河口の汽水域を好んで生息する[4][8]運河にも多い[7]

生態[編集]

泥底に多く、泥に掘った穴の中や、石やカキ殻の隙間に見られる[4]。水質の悪化に強く、嫌気的な堆積物に覆われた泥底や、排水によって他の魚類が生息できないほどに汚濁した環境でも生きていくことができる[9]。このことには、後述する尿素合成能力が関係していると考えられる[9]。主な餌は有機性堆積物[10]

繁殖[編集]

繁殖期はから[8]で、産卵東京湾では4月に始まり、5月から6月にかけてもっとも活発になるが、8月まで続く[11]鶴見川では5月から8月[11]揖斐川では主に夏季に繁殖が行われると推定されている[8]

は海底の石の下に産み付けられるが、ときには空き缶に産卵することもある[5][11]は砂利を掘り出して巣穴を作り、巣穴の準備ができると求愛する。このとき、雄の体色は暗くなり、背びれは黄色く縁取られる。雄は雌の周りを回り、体を震わせて雌を巣穴に導く。巣穴に入った雌が産卵せずに出てしまうこともあるが、産卵に至る場合には、雌が産卵場所の下面に楕円形の卵(長径は平均0.98ミリメートル、短径は平均0.45ミリメートル)を産み付け、雄がそこに精子をかけて受精させる。雌は産卵後数時間で巣穴を離れるが、雄は巣穴に留まり、卵を保護する[11]

孵化直後の仔魚は全長約2ミリメートルで、いくつかの黒色素胞がみられる[12]。仔魚はおよそ1か月の浮遊生活ののちに着底するが、このときの体長は約6ミリメートル[7]

生理[編集]

日本産アベハゼ属の系統関係[13]

アベハゼ  

イズミハゼ

ナミハゼ

ホホグロハゼ

タヌキハゼ

大半の真骨魚類窒素老廃物をアンモニアのままで排泄するが、アベハゼは例外的にアンモニアを尿素に変える能力を持つ[9]。とくに水中のアンモニア濃度が高くなると、尿素回路が活発に働き、アンモニアから尿素が作られる。本種はこの能力によって、毒性の高いアンモニアの多い汚染された水中でも生活できるものと考えられる。

アベハゼ属のなかで、アベハゼにもっとも近縁なイズミハゼも同じく高い尿素合成能力を持ち、中程度の合成能はナミハゼタヌキハゼにも確認されているが、ホホグロハゼはその能力を持たない[13]。これらの種では北方に分布するものほど尿素合成能力が高い傾向があり、この性質はアベハゼ属が熱帯から温帯に進出し、種分化を繰り返す過程で進化してきたと推測されている[13]

核型[編集]

染色体数は23対46本(2n=46)で、いずれの染色体も単腕(動原体が端に付着する)である[14]

利用[編集]

他のハゼ類に混ざって佃煮として食用になることがある[10]。観賞用に飼育されることもあり、淡水で容易に飼うことができる[10]

参考文献[編集]

  1. ^ a b Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2011). "Mugilogobius abei" in FishBase. November 2011 version. 2012年3月9日閲覧。
  2. ^ 日本魚類学会(編集)『日本産魚名大辞典』三省堂、1981年、22頁。 
  3. ^ 阿部宗明に献名
  4. ^ a b c d 鈴木寿之・渋川浩一(解説)、矢野維幾(写真)、瀬能宏(監修)『決定版 日本のハゼ』平凡社、2004年、408頁。ISBN 4582542360 
  5. ^ a b c d 川那部浩哉(監修)、林公義・長田芳和・後藤晃・西島信昇『フィールド図鑑 淡水魚』(改訂版)東海大学出版会、1987年。ISBN 4486009533 
  6. ^ アベハゼ Mugilogobius abei”. 淡水魚類図鑑. 神奈川県水産技術センター内水面試験場. 2012年3月9日閲覧。
  7. ^ a b c 河野博(監修)、加納光樹・横尾俊博(編集)『東京湾の魚類』平凡社、2011年、272頁。ISBN 9784582542431 
  8. ^ a b c 高崎文世、伊藤亮、向井貴彦、古屋康則「揖斐川下流域のヨシ群落周辺干潟における魚類相」(PDF)『伊豆沼・内沼研究報告』第2号、2008年、35-50頁。 
  9. ^ a b c Iwata, Katsuya; Kajimura, Makiko; Sakamoto, Tatsuya. “Functional ureogenesis in the gobiid fish, Mugilogobius abei (PDF). The Journal of Experimental Biology英語版 203 (24): 3703–3715. ISSN 1477-9145. PMID 11076734. http://jeb.biologists.org/content/203/24/3703.full.pdf. 
  10. ^ a b c 中村守純『原色淡水魚類検索図鑑』(第7版)北隆館、1982年、193頁。 
  11. ^ a b c d Kanabashira, Yōko; Sakai, Harumi; Yasuda, Fujio (1980). “Early development and reproductive behavior of the gobiid fish, Mugilogobius abei (アベハゼMugilogobius abeiの卵および仔魚の発育と産卵行動)” (PDF). Japanese Journal of Ichthyology(魚類学雑誌) 27 (3): 191-198. ISSN 0021-5090. NAID 40000758751. http://www.wdc-jp.biz/pdf_store/isj/publication/pdf/27/273/27302.pdf. 
  12. ^ 道津善衛 著「アベハゼ」、沖山宗雄(編集) 編『日本産稚魚図鑑』東海大学出版会、1988年、680頁。ISBN 4486009371 
  13. ^ a b c Mukai, Takahiko; Kajimura, Makiko; Iwata, Katsuya (2000). “Evolution of ureagenic ability of Japanese Mugilogobius species (Pisces: Gobiidae)”. Zoological Science英語版 17 (4): 549-557. doi:10.2108/0289-0003(2000)17[549:EOAUAO]2.0.CO;2. ISSN 0289-0003. NAID 110003371168. 
  14. ^ Arai, Ryoichi; Kobayashi, Hiromu (1973). “A chromosome study on thirteen species of Japanese gobiid fishes (日本産ハゼ科魚類13種の核型について)” (PDF). Japanese Journal of Ichthyology(魚類学雑誌) 20 (1): 1-6. ISSN 0021-5090. NAID 40017671996. http://www.wdc-jp.biz/pdf_store/isj/publication/pdf/20/201/20101.pdf.