アフガニスタンの軍事

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アフガニスタンの軍事
Afghan National Army emblem.svg
アフガニスタン国軍のエンブレム
創設 1880年代
再組織 2002年12月1日
派生組織 アフガニスタン国軍
アフガニスタン国軍空軍
本部 カーブル
総人員
徴兵制度 なし
適用年齢 22歳
現総人員 約195,000人(2014年10月)
財政
予算 72億ドル
軍費/GDP 2.6%
関連項目
歴史 アフガニスタン紛争 (1978年-1989年)
アフガニスタン紛争 (1989年-2001年)
アフガニスタン紛争 (2001年-)
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アフガニスタンの軍事(アフガニスタンのぐんじ)では、アフガニスタン軍事について解説する。

アフガニスタン軍(Afghan Armed Forces)は、アフガニスタン国民陸軍(Afghan National Army)とアフガニスタン空軍(Afghan Air Force)により構成される。内陸国であるため海軍は存在しない。

国情から、警察(アフガン警察、アフガン国境警察など)も自動小銃などの歩兵火器で武装しており、準軍事組織的な性格を持っている。

兵員数(軍のみ)は、2014年の時点で195,000人。

歴史[編集]

王政時代[編集]

アフガニスタンの軍隊は1700年代初頭に誕生したとされており、1700~1800年代は西部国境でサファヴィー朝、南東国境で英領インドと何度も戦争をおこなっている。その後、アブドゥッラフマーン・ハーンが統治していた1880年代に初めて近代的な軍隊が創設され、アマーヌッラー・ハーンが統治した1900年代初頭からザーヒル・シャーが統治した19331973年には軍の増強や近代化が進められた。

第二次世界大戦後、王国軍は、ソ連軍を範に取り組織され、1973年までに約10万人に達した。

共産政権時代[編集]

アフガニスタンから撤退するソ連軍。

共産主義政権時代になると政府軍とムジャーヒディーンとの間で内戦が勃発。1979年には政府軍を支援するソビエト連邦軍がアフガニスタンに侵攻(アフガニスタン紛争 (1978年-1989年))した。これに対し、ソ連や共産主義政権と対立するアメリカパキスタンがムジャーヒディーン側に軍事援助を行ったため、この内戦は米ソの代理戦争と化してしまった。

政府軍からは脱走が相次ぎ、1980年1月までに兵員数は3万~4万人にまで減少した(1978年は約11万人)。

戦いは泥沼化したが、侵攻から10年後の1989年にソ連軍がアフガニスタンから撤退。これにより後ろ盾を失った政府軍は機能不全状態に陥り、ナジーブッラー政権が反政府勢力の攻勢で崩壊してアフガニスタンが無政府状態になったあとは、各軍閥が分裂した政府軍を支配下に治めた。共産政権崩壊時の兵員数は、4万5千人(空軍5千人を含む)だった。

アフガニスタン内戦[編集]

冷戦が終わり、米ソ両国や国際社会から見放された後も内戦は終わらず、アフガニスタンは荒廃した。この混乱した時代にイスラム法を信奉する武装勢力ターリバーンが誕生し、急速に勢力を拡大していくこととなった。ターリバーンは1996年に首都カーブルを攻略するなど国土の大半を掌握しアフガニスタン・イスラーム首長国の成立を宣言したがこれを承認したのはわずか3ヶ国だけであった。また、国内でもターリバーン打倒を目指すムジャーヒディーン勢力が北部同盟を結成したため内戦が終わることは無かった。

2001年までにターリバーンは、各種評価で5万5千~11万人の兵士を擁した。ターリバーンの部隊の多くは、パシュトゥーン人から成り、パキスタン軍の教官が訓練した。対する北部同盟の部隊は、アフマド・シャー・マスード率いるタジク人勢力(2万~6万人)、アブドゥルラシード・ドーストム率いるウズベク人勢力(1万3千~6万5千人)、カリーム・ハリーリー率いるハザーラ人勢力(1万~5万人)から成った。

現在のアフガニスタン軍[編集]

アフガニスタン軍の兵士。

現在のアフガニスタン軍は、2001年アフガニスタン侵攻によりターリバーン政権が崩壊した後、国際社会によって再建された組織である。2002年12月1日、ハーミド・カルザイ大統領は、アフガニスタン軍創設に関する命令に署名し、全武装勢力を国防省の指揮下に置いた。

現在、装備の近代化や兵員の増強が進められているがアフガニスタン軍だけで反政府武装勢力と戦うにはまだ問題も多く、かつてはNATOを中心とするISAFがアフガンに展開して直接的な治安活動を支援、2015年以降はNATOによる訓練、支援が行われている[1]。アフガニスタン軍の最高司令官はアフガニスタン大統領であり、軍の管理・運営は国防省が担当している。司令部はカーブルの国家軍事指揮センターに存在する。

軍の建設と並行して、元ムジャーヒディーン勢力の武装解除・復員・再統合が進められており、2005年7月までに250以上の部隊が解散され、約6万3千人が復員し、3万単位以上の重・軽火器が回収された。しかしながら、各種評価によれば、アフガニスタンには、まだ6万~10万人の不法武装勢力が存在しているとされる。

2009年7月にアメリカバラク・オバマ大統領は、将来的にアフガニスタンの軍人と警察官を40万人まで増強することを希望すると発表した。さらに同年10月には、2010年は13億ドルをアフガニスタン軍の基地改修に費やすと発表している。この中にはアフガニスタン最大の軍事基地であるバグラム空軍基地の改修費や、イラン国境に近いファーラーに新設される基地の建設費が含まれている。

2003年9月20日まではモハマッド・アセフ・デラワルが、それ以降はビスミッラー・ハーン参謀総長となっている。

編成[編集]

アフガニスタン陸軍(ANA)
  • 201師団
  • 203師団
  • 205師団
  • 207師団
  • 209師団
  • 215師団
  • ANAコマンド
  • アフガニスタン陸軍特殊部隊
アフガニスタン空軍
  • 第1航空団
  • 第2航空団
  • 第3航空団

装備[編集]

アフガニスタン陸軍航空隊のMi-8輸送ヘリとMi-35戦闘ヘリ。
アフガニスタン陸軍のハンヴィー。

現在のアフガニスタン軍の装備は共産主義政権時代にソ連から供与されていたものと、2001年のアフガニスタン侵攻後に国際社会から供与されたもので構成されている。2001年以後、一番多くの装備を供与しているのはアメリカで、これまでに10万丁以上のM16自動小銃や4000台以上のハンヴィーをアフガニスタンへ送っている。航空戦力に関してはほとんど再建が進んでおらずMi-35Mi-17などのヘリやAn-32などのウクライナ製輸送機がわずかにあるだけであったが、2016年に本格的な対地攻撃能力を持つスーパーツカノ攻撃機を新規受領し、今後は経年化した輸送ヘリや制空戦闘機の近代化を進めるとしている。

アフガニスタンは貧困国であるため国防治安維持のための資金が不足しており、装備の購入・維持や人件費を国際社会の援助に頼っている。

長年にわたる紛争で国民への教育が壊滅していたため、識字率が低く、兵士の8割が読み書きが出来ないという問題を抱えている。さらに欧米から供給される装備の文字や記号はローマ字なのに非ローマ字圏であるダリー語などを主体としているアフガニスタン人にはアルファベット数字などの識別記号すら読めないという難問を抱えており、装備を管理するという軍隊としての基本行動が満足に取れないでいる。このため、新兵に読み書きの基礎教育を課している。

兵員数の推移[編集]

兵員数 年度
90,000 1978
100,000 1979
25,000 1980
25~35,000 1981
25~40,000 1982
35~40,000 1983
35~40,000 1984
40,000 1985
1,750 2003
13,000 2004
17,800+訓練中の兵士3,400 2005
26,900 2006
50,000 2007
80,000 2008
90,000 2009
134,000 2010

アフガニスタンの警察[編集]

アフガニスタン警察の隊員。ボディアーマーとヘルメットを着用し、AMD-65自動小銃を装備している。
警察の装備は軍と違いS&W社製の自動拳銃とAK-47AMD-65など東側製小銃を採用している。
パトロールや警備、犯罪捜査を担当しており、2014年の時点で160,000の警察官を有している。また、SWATに相当する特殊部隊として危機対応部隊(CRU)を保有する。
地方での警備任務を担当する。2013年の時点で19,600人の警察官を保有しているが、武装勢力との繋がりや不法捜査や犯罪行為などALP警察官による問題行動が多発しており、質の悪化が懸念されている。
5,529kmものアフガニスタン国境を警備している。大きく6つの区域に分かれて警備を行っており、23,000人の警察官が任務にあたっている。
アフガニスタンの情報機関。タリバン掃討などの対反乱作戦や諜報活動を行う。15,000-30,000人ほどの要員がいると見られている。

関連項目[編集]

  1. ^ “アフガンISAF任務終了へ 来年から支援中心に”. 産経新聞社. (2014年12月29日). http://www.sankei.com/world/print/141229/wor1412290011-c.html 2015年1月3日閲覧。