アピシウス

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ドイツフルダ修道院英語版にあった『アピシウス』の写本(西暦900年頃)。ニューヨーク医学アカデミーが1929年に購入した。

アピシウスアピキウス英語: Apicius)とは、古代ローマローマ帝国時代の調理法料理レシピを集めた書籍である。遅くとも4世紀末~5世紀初頭には完成していたと見られ、古典ラテン語よりは俗ラテン語(口語ラテン語)に近い言語で書かれている。

概要[編集]

アピシウスと言う名前は、古代ローマグルメとして知られた料理人マルクス・ガビウス・アピシウスが料理を愛していた事、そして1世紀ティベリウス帝の時代に生まれたぜいたく品への嗜好と非常に関連していると、長年言われていた。しばしばこの本は、マルクス・ガビウス・アピシウスによって書かれたという認識が主張されていたが、近代以降の研究により、その人物の著作ではないことが明らかになった。さまざまな時代や土地の料理が編纂されているため、その中にマルクス・ガビウス・アピシウスの文献が含まれている可能性はある[1]

『アピシウス』は台所でよく使われる料理の教則本である。第1版では、全体的に「料理の題目(英語: On the Subject of Cookingラテン語: De re coquinaria)」という表題が付けられ、一方で著作に貢献したカエリウス・アピシウス(Caelius Apicius)の名は殆ど知られていなかった。こうした事が、アピシウスは「API CAE」という言葉を2つ組み合わせた物であり、2人の著者のうちの1人であるという作り話を生み出してしまった。

構成[編集]

『アピシウス』De re culinaria (リヨン:セバスチャン・グリューフィウス、1541年)

『アピシウス』は全章10巻から構成されており、近代の料理本も『アピシウス』と似たような構成になっている[2]

  1. Epimeles — 注意深い家政婦
  2. Sarcoptes — 肉挽き機
  3. Cepuros庭師
  4. Pandecter — 多くの材料
  5. Ospreon豆料理
  6. Aeropetes鳥料理
  7. Polytelesグルメ
  8. Tetrapus四足獣
  9. Thalassa海鮮料理
  10. Halieus漁師

食べ物[編集]

『アピシウス』の中に出てくる食物は、地中海盆地周辺の古代世界の日常生活を再現するのにとても役立つ。しかし、そのレシピは当時の富裕層に合わせた物であり、当時の外来(輸入してきた)の材料はほんの少ししか含まれていない(例.フラミンゴ)。『アピシウス』からレシピの一例を挙げる(8.6.2–3):[3]

  • ALITER HAEDINAM SIVE AGNINAM EXCALDATAM: mittes in caccabum copadia. cepam, coriandrum minutatim succides, teres piper, ligusticum, cuminum, liquamen, oleum, vinum. coques, exinanies in patina, amulo obligas. [Aliter haedinam sive agninam excaldatam] <agnina> a crudo trituram mortario accipere debet, caprina autem cum coquitur accipit trituram.
  • 子ヤギかラムシチュー…鍋に切ったを入れる。みじん切りにしたタマネギコリアンダー、粉コショウラベージクミンガルムワインを加える。火を通したのち、底の浅い鍋に移し替え、デンプンでとろみをつける。ラムやマトンを使う場合、乳鉢の中身(調味料)は肉が生のうちに加える。ヤギ肉の場合、火が通りかけているときに加える。

翻訳物・派生物[編集]

『アピシウス』De opsoniis et condimentis (アムステルダム: J. Waesbergios), 1709年。 マーチン・リスターが個人的に出版した『アピシウス』の版の第2版の口絵である。

全く異なった印刷版の物の中に、Apici excerpta a Vinidarioという大幅に省略された物も存在する。これはヴィニダリウスと言う名のイラストレーターが、挿絵をしたポケット版の『アピシウス』という意味になる[4]カロリング朝ルネサンス期以後、即ち8世紀アンシャル体で書かれて残存している[5]。しかし、タイトルとは裏腹に、この小冊子は今日我々が目にする『アピシウス』から引用した物でなく、よって通常版よりは少なめの分量になっている。引用するに当たって時間と共に失われた巻がいくつもあるか、小冊子が書かれた時点で通常版の『アピシウス』とは異なった物になっているか、いずれかに相当している。それは、時間と共に『アピシウス』の読者の要求する内容が変わってきている事を意味している。

現存する通常版の『アピシウス』を改訂した物としては、1498年ミラノで発行された物[6]と、1500年ヴェネツィアで発行された物の2つがある。これ以降の4世紀間においては、『アピシウス』を有名にするために多くの改訂版が生まれた。1867年ハイデルベルクでC. T. Schuch によって出された印刷版では、長編となり、通常版の他にヴィニダリウスの印刷版も含まれている。

1498年(即ち、ミラノで出版された1回目の改訂版)から1936年(ジョセフ・ドマーズ・ベーリングの訳及び著書がなされた改訂版の刊行年)までの間に、『アピシウス』は14回ものラテン語版の改訂がなされた(他に1回、典拠が怪しいが改訂された物もあり)。これらの作品はあまり他の言語に翻訳される事がなかったが、1852年に初めてイタリア語版が出版された。20世紀に入るまでに、ドイツ語版とフランス語版も出版された。

ベーリングは1936年英語版で初めて出版し、タイトルは『Cookery and Dining in Imperial Rome』であった。1977年ドーヴァー出版より出版されている。しかし、これは現在では歴史的な興味に留まっている。なぜなら、ベーリングのラテン語の知識は完全な翻訳を行えるほどではなかったこと、さらに、ベーリングの本が世に出てより後に、より実用的な翻訳本が世に出されたからである。

脚注[編集]

  1. ^ エウジェニア・S・P・リコッティ『古代ローマの饗宴』 345頁
  2. ^ The Roman Cookery Book, trans. Flower and Rosenbaum, p. 7.
  3. ^ The Roman Cookery Book, trans. Flower and Rosenbaum, pp. 188–89.
  4. ^ ヴィニダリウスについては何一つ知られていない。ただゴート人の可能性があり、ゴシック調の名前がVinithaharjisと言う事だけは明らかになっている。
  5. ^ Apicius: A Critical Edition with an Introduction and an English Translation, ed. Grocok and Grainger, pp. 309–325.
  6. ^ タイトルは『In re quoquinaria』となっている。

出典[編集]

原書及び訳書[編集]

  • Apicii decem libri qui dicuntur De re coquinaria ed. Mary Ella Milham. Leipzig: Teubner, 1969年. (ラテン語)
  • The Roman Cookery Book: A Critical Translation of the Art of Cooking By Apicius for Use in the Study and the Kitchen. Trans. Barbara Flower and Elisabeth Rosenbaum. London: Harrap, 1958年. (英語)(ラテン語)
  • Apicius: A Critical Edition with an Introduction and an English Translation. Ed. and trans. Christopher Grocock and Sally Grainger. Totnes:Prospect Books, 2006年. ISBN 1-903018-13-7 (英語)(ラテン語)
  • Apicius. L'art culinaire. Ed. and trans. Jacques André. Paris: Les Belles Lettres, 1974年. (フランス語)(ラテン語)
  • Apicius. Cookery and Dining in Imperial Rome. Trans. Joseph Dommers Vehling. 1936年. (英語)
  • The Roman Cookery of Apicius. Trans. John Edwards. Vancouver: Hartley & Marks, 1984年. (英語)
  • Nicole van der Auwera & Ad Meskens, Apicius. De re coquinaria: De romeinse kookkunst. Trans. Nicole van der Auwera and Ad Meskens. Archief- en Bibliotheekwezen in België, Extranummer 63. Brussels, Koninklijke Bibliotheek, 2001年.(オランダ語)

補足資料[編集]

  • Alföldi-Rosenbaum, Elisabeth (1972年). "Apicius de re coquinaria and the Vita Heliogabali". In Straub, J., ed., Bonner Historia-Augusta-Colloquium 1970. Bonn, 1972. Pp. 5–18.
  • Bode, Matthias (1999年). Apicius – Anmerkungen zum römischen Kochbuch. St. Katharinen: Scripta Mercaturae Verlag.
  • Déry, Carol. "The Art of Apicius". In Walker, Harlan, ed. Cooks and Other People: Proceedings of the Oxford Symposium on Food and Cookery 1995. Totnes: Prospect Books. Pp. 111–17.
  • Grainger, Sally (2006年). Cooking Apicius: Roman Recipes for Today. Totnes: Prospect Books.
  • Grainger, Sally (2007年). "The Myth of Apicius". Gastronomica, 7(2): 71–77.
  • Mayo, H. (2008年). "New York Academy of Medicine MS1 and the textual tradition of Apicius". In Coulson, F. T., & Grotans, A., eds., Classica et Beneventana: Essays Presented to Virginia Brown on the Occasion of her 65th Birthday. Turnhout: Brepols. Pp. 111–135.
  • Milham, Mary Ella (1950年). A Glossarial Index to De re coquinaria of Apicius. Ph.D. thesis, University of Wisconsin.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

ラテン語の資料[編集]

補足資料[編集]

参考文献[編集]