アヌーク・エーメ

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アヌーク・エーメ
Anouk Aimée
Anouk Aimée
プレミア試写会にて (2014年3月)
本名 Françoise Sorya Dreyfus
生年月日 (1932-04-27) 1932年4月27日(86歳)
出身地 フランスの旗 フランスパリ
活動期間 1947年 - 現在
配偶者 Édouard Zimmermann (1949年 - 1950年
ニコ・パタタキス (1951年 - 1954年
ピエール・バルー1966年 - 1969年
アルバート・フィニー1970年 - 1978年
主な作品
モンパルナスの灯
甘い生活
『ローラ』
8 1/2
男と女

アヌーク・エーメアヌーク・エメアヌーク・エメーAnouk Aimée 発音例, 本名: Françoise Sorya Dreyfus, 1932年4月27日 - ) は、フランス出身の女優

70年以上のキャリアを誇る、欧州を代表する女優の一人。欧米各国で各賞を獲得するなど国際的にも高く支持され、「映画史上最もセクシーな女優の一人」とも評された[1]。晩年期に入った近年も、各地で名誉賞を受賞している。

来歴[編集]

映画『8 1/2』より (1963年)

1932年4月27日パリで生まれた。両親はともにユダヤ系舞台俳優コメディ俳優)[2]パリ9区のミルトン通り小学校に通っていたが、ユダヤ人迫害が激しくなってきたので、両親により送られたアキテーヌ地方のコニャック近郊バルブジュー=サン=ティレールで育った。ナチス・ドイツによるフランス占領期には、黄色の星を胸に身に付けるのを避ける為、母親の姓"デュラン"を名乗った。モルジヌ寄宿学校 (パンショナ, Pensionnat[3]) に入り、この頃ロジェ・ヴァディムとも知り合った[4]

1947年、14歳の時にパリでその美貌からスカウトされ、アンリ・カレフ監督の『密会 (La Maison sous la mer) 』(1947年) に出演し、女優としてデビューした。その際、この作品の役名"アヌーク"を彼女が芸名に用いた。続いて、お蔵入りし未発表作品となったデビュー2作目 『La Fleur de l'âge 』(1947年) において、1作目から脚本で関わっていた詩人ジャック・プレヴェールが、芸名に"エーメ"を付け加えることを提案した。高校課程にあたるリセ課程はイギリスで学び、さらに演劇学校に通った[5]

1958年の『モンパルナスの灯』ではアメデオ・モディリアーニの妻ジャンヌ・エビュテルヌを演じ、その美貌で世界的な人気を博した。その後、フェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』(1960年)や『8 1/2』(1963年)やジャック・ドゥミ監督の『ローラ』(1961年)などに出演した。

1966年クロード・ルルーシュ監督の『男と女』でヒロインを演じ[6]ゴールデングローブ賞主演女優賞」と英国アカデミー賞「外国女優賞」を受賞し、「アカデミー主演女優賞」にもノミネートされた。

1980年には『Salto nel vuoto』でカンヌ国際映画祭女優賞」を受賞した。

晩年期に入ると、2002年 セザール賞「名誉賞」、2003年 ベルリン国際映画祭「金熊名誉賞」などの各名誉賞を受賞している。

私生活[編集]

1949年にEdouard Zimmermannと結婚したが、翌1950年に離婚。1951年ギリシャ映画監督ニコ・パパタキスと結婚して一子授かったが、1955年に離婚。その後、『男と女』で共演したフランス音楽家・俳優のピエール・バルー1966年に結婚したが、3年後の1969年に離婚。翌1970年イギリスの俳優アルバート・フィニーと結婚したが、1978年に離婚した。

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1947 密会
La Maison sous la mer
アヌーク
1949 火の接吻
Les Amants de Vérone
ジョージア
1950 黄金の竜
Golden Salamander
アンナ
1952 汽車を見送る男
The Man Who Watched Trains Go By
ジャンヌ
1953 恋ざんげ
Le Rideau cramoisi
中篇映画
ニーナ
Nina
ニーナ
1957 奥様にご用心
Pot-Bouille
マリー
1958 モンパルナスの灯
Les Amants de Montparnasse
ジャンヌ・エビュテルヌ
1959 今晩おひま?
Les Dagueurs
ジャンヌ
1960 甘い生活
La Dolce Vita
マダレーナ
1961 ローラ
Lola
ローラ/セシル
1962 ソドムとゴモラ
Sodome et Gomorrhe
クイーン・ベラ
1963 史上最大の喜劇 地上最笑の作戦
Il giorno più corto
8 1/2
ルイーズ・アンセルミ
太陽は傷だらけ
Les Grands Chemins
アンヌ
1966 男と女
Un homme et une femme
アンヌ ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門) 受賞
英国アカデミー賞最優秀外国女優賞 受賞
1968 イヴ・モンタンの深夜列車
Un soir, un train
アンヌ
1969 約束
The Appointment
カーラ
アレキサンドリア物語
Justine
1976 愛よもう一度
Si c'était à refaire
サラ・ゴードン
1981 ある愚か者の悲劇
La tragedia di un uomo ridicolo
バーバラ
1986 男と女II
Un Homme et une femme : vingt ans déjà
アンヌ
1993 小悪魔とキッス
Rupture(s)
メランコリー
Les Marmottes
フランソワ
1994 プレタポルテ
Prêt-à-Porter
シモーヌ・ローヴェンタル
百一夜
Les cent et une nuits de Simon Cinéma
1995 リュミエールの子供たち
Les enfants de Lumiere
世界で一番好きな人
Dis moi oui…
クレア
1996 男と女、嘘つきな関係
Hommes、femmes : Mode d'emploi
未亡人
1998 GO! GO! L.A.
L.A. without a map
本人役 クレジットなし
2001 カンヌ 愛と欲望の都
Festival in cannes
ミリー・マルカン
2003 フレンチなしあわせのみつけ方
Ils se marièrent et eurent beaucoup d'enfants
ヴァンサンの母親

脚注[編集]

  1. ^ Anouk Aimée”. Jewish Women's Archive. 2018年2月11日閲覧。
  2. ^ Flitterman-Lewis, Sandy. "Anouk Aimée", Jewish Women: A Comprehensive Historical Encyclopedia
  3. ^ 修道院女子学校が起源。1904年政教分離法により宗教教育は廃止された。英語圏でいうボーディングスクールに相当。
  4. ^ Michel Ciment et Olivier Curchod, « Entretien avec Anouk Aimée : Au cinéma, je suis chez moi », ポジティフ « 60 ans de comédiens », no 617-618,‎ 2012年7-8月号
  5. ^ « Anouk Aimée », sur Ciné-Ressources (consulté le 23 mars 2010)
  6. ^ 男と女”. シネマトゥデイ (2016年3月6日). 2018年2月11日閲覧。

外部リンク[編集]