アデルスティーン・ノーマン

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アデルスティーン・ノーマン
Adelsteen Normann
Adelnor0.jpg
原語名 Eilert Adelsteen Normann
生誕 (1848-05-01) 1848年5月1日
 ノルウェー ヌールラン県Bodin
死没 (1918-12-26) 1918年12月26日(70歳没)
 ノルウェー クリスチャニア(現オスロ
墓地 ドイツの旗 ドイツ ベルリン
国籍  ノルウェー
出身校 デュッセルドルフ美術アカデミー
著名な実績 絵画(風景画)

アデルスティーン・ノーマンAdelsteen Normann, 1848年5月1日 - 1918年12月26日)は、ノルウェー出身で、ドイツベルリンで活動した画家

生涯[編集]

1848年、ノルウェー西岸の町Bodinで生まれた。1869年から1872年にかけてデュッセルドルフ美術アカデミーで学んだ[1]エストニアの画家オイゲン・デュッカーに師事した[2]1873年には、結婚して、デュッセルドルフで暮らした[3]

1883年から、ベルリンに移った。ベルリンのほか、デュッセルドルフロンドンミュンヘンパリウィーンなどで展覧会を開いた[1]。彼の作品のほとんどは風景画で、ノルウェーのフィヨルドを描いたものが多い。

1892年、同郷の画家エドヴァルド・ムンクに、ベルリンでの展覧会の開催を勧め、ベルリン芸術家協会ドイツ語版の委員として招待状を送った。しかし、ベルリンでムンクの作品は激しい賛否両論を巻き起こし、協会分裂のきっかけとなった[4]

1917年に健康上の理由でノルウェーに戻り、闘病の末、1918年、死去した。生誕地のBodinには、彼のための美術館が建てられて、作品を展示している[3]

作品[編集]

ノーマンの作品は、ベルゲンシンシナティケルンドレスデンリーズリバプールストックホルムなどの美術館に収蔵されている[1]

脚注[編集]