アッバース・アラーグチー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
アッバース・アラーグチー(2016年8月に撮影)

セイイェド・アッバース・アラーグチー[1]ペルシア語: سید عباس عراقچی‎、英語: Seyed Abbas Araghchi1960年 - )は、イラン政治家外交官で、2017年12月より政治担当外務次官[2]。法律・国際問題担当外務次官(2017年12月以前)および政治担当外務次官(2017年12月以降)として、P5+1ペルシア語版英語版常任理事国5ヶ国およびドイツ)との核協議において、イランの首席交渉官を務めている[3]

アラーグチーは1989年イラン外務省ペルシア語版英語版に入省。1990年代の初め頃には、サウジアラビアジッダに事務局を構えるイスラム諸国会議機構(現・イスラム協力機構)にイラン・イスラム共和国政府代表部代理公使 (chargé d'affaires) として奉職[2]

アラーグチーは、駐フィンランド・イラン大使(1999~2003年)と駐日イラン大使(2007~2011年)を務めていた[2]

大使になる前、アラーグチーは政治国際問題研究所ペルシア語版英語版(IPIS)の所長を務めていた。2004年から2005年まで、国際関係学院ペルシア語版英語版(SIR)の学長[2]

駐日イラン大使として[編集]

2007年に駐日イラン大使を拝命[2]、翌2008年2月に赴任[4]、3月11日に皇居で信任状を奉呈[5]

駐日大使として初の大仕事は、赴任する前年の2007年10月8日に横浜国立大学の学生がイラン南東部スィースターン・バルーチェスターン州で武装麻薬密輸団に誘拐された事件[6]について、2008年3月27日に東京で開いた記者会見で「(誘拐された大学生は)全く無事だ」と断言し、イラン当局が仲介役の部族指導者を通じて解決に向けて動いている旨を述べたことである[7]。アラーグチー大使の説明の通り、誘拐された横浜国立大学の学生は同年6月14日に無事解放された[8]

赴任後初の訪問先は広島であった。2008年5月21日、アラーグチー大使は原爆ドーム原爆資料館を訪れて被爆直後の被害者の写真などを見て回り、彼がまだ20代であった頃に8年もの長きにわたって戦われたイラン・イラク戦争イラク独裁者サッダーム・フセインが躊躇なく使った毒ガス兵器による被害者を想起し、核兵器をはじめとする大量破壊兵器を即刻廃絶すべきであるとの意見を述べた[4]。また、イランの核開発計画については、核拡散防止条約(NPT)体制と国際原子力機関(IAEA)の監視を尊重することを前提とした原子力の平和利用である旨を強調し、平和を愛して原子力を平和利用する日本とイランの両国の連帯を強調した[4]

また、大使在任中の2011年3月11日、東日本大震災が発生した。3月24日、アラーグチー大使は徳永久志外務大臣政務官を表敬訪問すると共に、イランからの緊急援助物資の目録を徳永政務官に手渡し、イランに甚大な被害を与えた2003年バム地震の際に日本から受けた支援を忘れていないことに触れつつ、「類い希なる忍耐と能力を有する日本国民は,必ずやこの困難を乗り越えることができると確信している」と述べ、徳永政務官を通して日本国民を激励した[9]。4月23日、アラーグチー大使夫人や大使館のシェフ、日本で活動しているイラン出身の女優サヘル・ローズが、被災地の岩手県山田町を訪問して500食以上の炊き出しを行い、鶏肉のトマトシチュー[10]ナン、伝統菓子などを振る舞った[11]

2011年10月24日、アラーグチー大使は夫人を伴い皇居の御所を訪問して天皇皇后両陛下に謁見、離任の挨拶をした[12]

出典・脚注[編集]

  1. ^ 他にセイエド・アッバース・アラーグチー、あるいは長母音を省略してセイイェド・アッバス・アラグチセイエド・アッバス・アラグチセイエッド・アッバス・アラグチとも。駐日イラン大使として在任中、セイエッド・アッバス・新久地(あらぐち)と書かれた名刺を配っていたこともあるが、彼は生粋のイラン人であり、漢字の「新久地」は当て字である。駐日イラン大使は日本人?|浜田和幸オフィシャルブログ Powered by Amebaなどを参照されたし。
  2. ^ a b c d e Ministry of Foreign Affairs Islamic Republic of IRAN - Deputy for Legal & International Affairs (英語)
  3. ^ Is one of Iran's top diplomats a member of Quds Force? (英語) - 2016年6月16日
  4. ^ a b c 広島ときずな深めたい アラグチ駐日イラン大使|社説・コラム|ヒロシマ平和メディアセンター - 2008年6月4日
  5. ^ 外務省: 新任駐日イラン大使の信任状捧呈 - 2008年3月10日
  6. ^ asahi.com:麻薬組織の犯行 イラン誘拐 リーダーの息子釈放要求 - イラン邦人誘拐 - 2007年10月12日
  7. ^ 駐日大使 アッバス・アラグチ | 会見記録/昼食会/研究会 | 日本記者クラブ Japan National Press Club (JNPC) - 2008年3月27日
  8. ^ イランで誘拐の中村聡志さん解放、イラン情報相語る 日本政府も確認 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News - 2008年6月15日
  9. ^ 外務省: 東北地方太平洋沖地震に際してのイランからの緊急援助物資の受入れ - 2011年3月25日
  10. ^ イランの伝統料理「ホラーケ・モルグ」(ペルシア語: خوراک مرغKhorak-e Morgh / Xorâk-e Morğ)のこと。
  11. ^ 被災地でのイラン大使館の支援活動 - 2011年4月23日
  12. ^ 天皇皇后両陛下のご日程:平成23年(10月~12月) - 宮内庁

外部リンク[編集]

公職
先代:
(新設)
イランの旗 政治担当外務次官
2017年~
次代:
(現職)
先代:
モハンマドメフディー・アフンドザーデペルシア語版
イランの旗 法律・国際問題担当外務次官
2013年~2017年
次代:
(廃止)
先代:
ラーミーン・メフマーンパラストペルシア語版英語版
イランの旗 イラン外務省報道官英語版
2013年
次代:
マルズィーエ・アフハムペルシア語版英語版
先代:
ホセイン・レズヴァーニー
イランの旗 駐フィンランド・イラン・イスラム共和国大使ペルシア語版
1999年~2003年
次代:
ジャヴァード・カチューヤーン・フィーニー