アシダカグモ

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アシダカグモ
Heteropoda venatoria.png
アシダカグモ(雄成虫)
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 鋏角亜門 Chelicerata
: クモ綱(蛛形綱) Arachnida
: クモ目 Araneae
: アシダカグモ科 Sparassidae
: アシダカグモ属 Heteropoda
: アシダカグモ
H. venatoria
学名
Heteropoda venatoria
(Linnaeus1767)[1]
和名
アシダカグモ
英名
Brown huntsman spider
Banana spider[2]
Giant crab spider[2]
Huntsman spider[2]

アシダカグモ(足高蜘蛛[3]、蠨蛸、学名:Heteropoda venatoria)は、アシダカグモ科に属するクモの一種。イエグモ[注 1][4]ヤツデコブヤッデコッヤツネコブ鹿児島県[6]、ヤクブ(沖縄県石垣島)など複数の呼び名が存在する[6]

徘徊性で、を張らずにゴキブリなどの獲物を待ち伏せ、目の前に来た獲物を捕食する。日本に生息する徘徊性のクモとしては最大種で[注 2][7][2]、人家に棲息する大型のクモとしてよく知られている。

家屋内では不快害虫とされる一方[8]、ゴキブリなど家の中の衛生害虫を食べる天敵益虫)でもある[9]

特徴[編集]

体長はメスで20 - 30ミリメートル (mm) 、オスでは10 - 25 mmで[7][10]、左右の歩脚を伸ばすと約100 mm (10 cm) [2]程度になる。オスはメスより少し体が小さく、やや細身で、それに触肢の先がふくらんでいる。

全体にやや扁平で、長い歩脚を左右に大きく広げる。歩脚の配置はいわゆる横行性で、前三脚が前を向き、最後の一脚もあまり後ろを向いていない。歩脚の長さにはそれほど差がない。体色は灰褐色で、多少まだらの模様がある。また、雌では頭胸部の前縁、眼列の前に白い帯があり、雄では頭胸部の後半部分に黒っぽい斑紋がある。

分布[編集]

原産地はインドと考えられるが、全世界の熱帯・亜熱帯・温帯に広く分布している[11]

外来種で、元来日本には生息していなかったが、1878年に長崎県で初めて報告された[11]。日本への流入に関しては、輸入果物などに紛れ込んできた、江戸時代ゴキブリ駆除の為に人為的に輸入した[要出典]とも言われている。日本には福島県以南の本州四国九州地方に生息し、冬季に着雪のある北海道東北石川県以北で確認された例はないとされるが、局地的に生息している場合がある。主要な餌動物となっているゴキブリの勢力を追いかける形で、交通機関などでの人為分布が進んでいると考えられるほか、気温条件や子グモの空中分散も分布拡大に影響していると思われる[11]。ただし、よく似たコアシダカグモ類との誤同定も報告されている[12]

生態[編集]

雌成虫

都市の建造物の内外[注 3]に生息するが、南西諸島トカラ列島以南)・小笠原諸島では、森林内に生息する小型の個体からなる個体群がある[10]

夜行性で、日中は物陰など[注 4]に潜み、夜になると隠れた場所から這い出る[10]。そして天井・障子・壁などで脚を広げて静止し[13]、接近してきた昆虫[10]ゴキブリハエハサミムシなど)を捕食する[13]。寿命は3年以上と長く、飼育下では8 - 10年にわたり生きた記録もある[7]

類縁種など[編集]

アシダカグモ属は世界に180種がある。日本にはこの種を含めて3種のみが知られるが、他の2種はごく分布の限られたものばかりである。

日本には、森林の落ち葉や枯れ木の下にもよく似たクモがいるが、これはコアシダカグモSinopoda forcipata)といって別種である。この種は以前は同属とされていたが、現在は別属とされている。ただしその判別は生殖器の特徴により、外部形態ではほとんど差がない。判別としては、アシダカグモよりやや小柄で足が短く、体色が濃い褐色である点が異なるが、非常によく似ていて紛らわしい。本州から九州まで分布し、中国からも記録がある。コアシダカグモは野外の自然環境の保たれた場所に生息し、室内性のアシダカグモとは棲み分けているようであるが、希に室内や建物内で発見されることがあり、上記のように誤認されたと思われる例もある。

なお、コアシダカグモ属にはさらに別種があり、琉球列島には地域ごとの別種がいるほか、近縁の別属カワリアシダカグモ属の種も発見されている。

繁殖[編集]

卵嚢を抱えているメス成虫

日本に生息するメスの産卵期は5月 - 8月ごろである[10]。母グモは平均300個程度(180 - 440個)の卵を糸で包んで円盤形の卵嚢を形成し、これを触肢・牙・第3脚で抱えて持ち歩く[注 5][10]。その間、孵化した幼体は卵嚢内で1回脱皮する[10]。母グモは卵嚢から幼体が出てくる直前、幼体の入った卵嚢を糸で壁面に固定する[10]。子グモは7-10日後に出廬して風通しの良い場所へ移動、腹部から糸を出し、風に乗って糸とともに飛散する(バルーニング)。メスは10回、オスは9回の脱皮を経て、約2年で成虫になる[10]

孵化した子グモは、しばらく卵嚢の周りの壁にたむろしているが、これを発見した人などが手を加えると次の瞬間に子グモたちはそこら中へと走り出す。

人との関わり[編集]

その不気味な姿から不快害虫とみなされ、人家内に出現すると駆除の対象とされることが多い[15]。しかし人間への攻撃性はなく[注 6]、網で家屋を汚すなどの実害もない[16]

コオロギを捕食するアシダカグモ

一方で、人家内外に住むゴキブリハエなどの衛生害虫を捕食してくれる益虫である[17]。また、ゴキブリを食べている最中の本種に実験的に他のゴキブリを与えると、接触していた餌(ゴキブリ)を置いて新たな獲物を捕食しようとする習性があるため、その捕食効率はかなり高いと推定される[注 7][18]。ただし本種はテリトリーを持ち、1室に1個体しか生息しないため、ゴキブリ類の決定的な天敵とはなりえないとされる[18]

クモが捕食対象へ注入する消化液には強い殺菌能力があり、また自身の脚などもこの消化液で手入れを行う。それはアシダカグモも同様であり、食物の上などを這い回ることも無いため、徘徊や獲物の食べ殻が病原体媒介などに繋がる可能性は低い。

駆除にはゴキブリ用エアゾール(殺虫剤)が有効だが、安富和男・梅谷献二 (1995) は「本種やハエトリグモなど、クモ類の多くは屋内害虫を捕食する有益な典的であるため、むしろ保護すべき小動物」[8]「本種は屋内性のクモ類の中では最も保護すべき種類」と指摘している[18]。また、斎藤慎一郎 (2002) も「ゴキブリを駆除するために殺虫剤を撒いてクモまで殺すのは愚かだ。本種やオオヒメグモ(部屋の隅に巣を造る)は駆除しなければ、彼らが適当に(家の中の)ゴキブリを食べてくれる」と指摘している[19]

宮古島沖縄県)では家に住むアシダカグモを珍重する風習がある[注 8][19]ほか、西表島では本種を「イエグモ」と呼び、卵嚢を潰して腫れ物の吸い出し薬に用いる風習(民間療法)もあった[20]。一方、石垣島では「ヤクブ(アシダカグモ)はハブと同じくらい強い毒を持っているから、見つけたら殺せ」と伝承されている[注 9][21]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 熊野地方三重県および和歌山県)や四国徳島県高知県)、宮崎県、沖縄県(国頭郡西表島)などでこう呼ばれている[4]北海道ではオニグモを「イエグモ」と呼ぶ[5]
  2. ^ 本種に匹敵する大型の徘徊性のクモとしてはオオハシリグモ南西諸島固有)がいる。
  3. ^ 建物(民家神社仏閣納屋など)のほか、野外(雑木林竹林社寺林など)に生息する[10]
  4. ^ 壁や塀の隙間、柱の割れ目など[13]
  5. ^ 子グモが孵化するまで餌を食べず、卵嚢を持ち歩く。
  6. ^ 基本的に臆病で、人間が近寄ると素早く逃げようとする傾向が強く、近くの壁を叩くなどの振動にも敏感に反応する。ただし、素手で掴み上げるなどすると、防衛のため大きな牙で噛みつかれる場合がある。
  7. ^ 一晩で20匹以上のゴキブリに噛みついたという観察記録もある[15]
  8. ^ 特に、卵嚢を抱えたメスは縁起が良いとされる[19]
  9. ^ 斎藤慎一郎 (2002) は、このように石垣島でアシダカグモが忌避される理由について「(アシダカグモが珍重される宮古島にはハブが生息しないのとは対照的に)石垣島には毒を持つサキシマハブヒメハブ毒蛇)が生息する。それらのヘビが餌として大型のアシダカグモを追って、家の中に侵入するのを防ぐため、『ヤクブ(アシダカグモ)を見つけたら殺せ』という伝承が成立したのではないだろうか」と指摘している[21]

出典[編集]

  1. ^ Heteropoda venatoria in World Spider Catalog”. 2016年7月15日閲覧。
  2. ^ a b c d e アシダカグモ” (日本語). コトバンク. 2020年10月24日閲覧。
  3. ^ デジタル大辞泉. “足高蜘蛛” (日本語). コトバンク. 2020年10月24日閲覧。
  4. ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 161.
  5. ^ 斎藤慎一郎 2002, p. 157.
  6. ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 162.
  7. ^ a b c 八木沼健夫 1986, p. 199.
  8. ^ a b 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 255.
  9. ^ 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 211,255.
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m 小野展嗣 & 緒方清人 2018, p. 551.
  11. ^ a b c 大利昌久わが国におけるアシダカグモの地理的分布」『衞生動物』第26巻第4号、日本衛生動物学会、1975年12月15日、 255-256頁、 NAID 110003815149
  12. ^ 徳本洋「アシダカグモ分布記録へのコアシダカグモ属の種の誤入 (PDF) 」 『キシダイア (Kishidaia)』第86巻、東京蜘蛛談話会、2004年、 1-9頁、2020年5月26日閲覧。
  13. ^ a b c 新海栄一 2017, p. 303.
  14. ^ a b 小野展嗣 & 緒方清人 2018, p. 646.
  15. ^ a b 八木沼健夫 1969, p. 26.
  16. ^ 八木沼健夫 1969, pp. 26-27.
  17. ^ 大利昌久「衛生害虫の天敵としてのクモ類 : 1. 長崎県の家屋内に棲むクモ類の観察」『衛生動物』第25巻第2号、日本衛生動物学会、1974年9月15日、 153-160頁、 doi:10.7601/mez.25.153ISSN 1883-6631
  18. ^ a b c 安富和男 & 梅谷献二 1995, p. 211.
  19. ^ a b c 斎藤慎一郎 2002, p. 160.
  20. ^ 斎藤慎一郎 2002, pp. 122-123.
  21. ^ a b 斎藤慎一郎 2002, p. 121.

参考文献[編集]

外部リンク[編集]