アケメネス
| アケメネス 𐏃𐎧𐎠𐎶𐎴𐎡𐏁 | |
|---|---|
| アケメネス家の創始者 | |
|
| |
| 子女 | テイスペス |
| 家名 | アケメネス家 |
| 宗教 | 古代イランの宗教 |
アケメネス(紀元前8世紀末頃 - 紀元前7世紀前半頃)は、アケメネス朝ペルシア帝国を樹立したアケメネス家の創始者。半ば伝説的な人物であり、その系図以外の情報は実質的に存在しない。
名前
[編集]アケメネスという名はギリシア語形のアカイメネス(ギリシア語: Ἀχαιμένης Akhaiménēs アカイメネース/アヒエメニス)のラテン語形のアカエメネス(ラテン語: Achaemenes アカエメネース)が変化した形である。古代ペルシア語ではハハーマニシュ(ハカーマニシュともいう、古代ペルシア語: 𐏃𐎧𐎠𐎶𐎴𐎡𐏁 h-x-a-m-n-i-š(Haxāmaniš)<haxā(友)+manah(心))といい、この名は「友の心を持つ」を意味するとされるが、異論もある[1]。エラム語形(ha-ak-ka₄-man-nu-iš)とアッカド語形(a-ḫa-ma-ni-iš-ʾ)も確認されている。新ペルシア語ではハハーマネシュ(ペルシア語: هخامنش Haxāmaneš)という。
概要
[編集]ベヒストゥン碑文とヘロドトスの『歴史』7.11.2によると、アケメネスはキュロス2世とダレイオス1世の共通の祖先であるテイスペスの父である。しかし、キュロス2世はキュロスの円筒印章で自身の祖先としてテイスペスに言及しているが、アケメネスへの言及はない。そのため、ベヒストゥン碑文の系図はダレイオス1世によって捏造されたものである可能性がある[2]。パサルガダエのキュロス2世の碑文にはキュロス2世はアケメネス家の者であると記されているが、この碑文もダレイオス1世の命によって刻まれた可能性がある[3]。ダレイオス1世は自身の前に8人の王がいたとしているが、アケメネスがそこに含まれているとは明記していない。系図が正しいとしても、アケメネスに関する情報は実質的にこれ以外ない。
アケメネスにはいくつかの伝説がある。伝プラトン『アルキビアデスI』に記された伝説によれば、アケメネスはペルセウスの子孫であった[4]。アイリアノス『動物の特性について』12.21に記された伝説によれば、アケメネスは鷲によって育てられた[5]。
脚注
[編集]- ↑ Dandamayev (2011)
- ↑ “Achaemenids (Achaemenians)”. Encyclopedia of the Peoples of Africa and the Middle East. Infobase Publising. (2009). p. 2. ISBN 143812676X
- ↑ Skærvø (2005) p.14
- ↑ Plato, Alcibiades, translated by Sanderson Beck, Wisdom of Greece, the Middle East, and Rome 2015年7月25日閲覧。
- ↑ Aelian A.F. Scholfield訳 (1959). On the Characteristics of Animals. III. Harvard University Press. p. 41
参考文献
[編集]- Muhammad A. Dandamayev (2011). “Achaemenes”. イラン百科事典. I, Fasc. 4. p. 414
- Skjærvø, Prods Oktor (2005). An Introduction to Old Persian (2nd ed.). Cambridge: Harvard