アキヒロホマレ

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アキヒロホマレ
品種 アングロアラブ(26.62%)
性別 牡馬
毛色 鹿毛
生誕 1985年4月8日
死没 2014年8月18日(29歳没)
マルケンダイドウ
ビクトリアータイム
母の父 タイムライン
生国 日本の旗 日本北海道静内町
生産 西村耕司
馬主 伊藤研
調教師 坪憲章
競走成績
生涯成績 29戦18勝(うち地方競馬1戦0勝)
獲得賞金 174,012,000円
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アキヒロホマレとは、中央競馬1987年から1990年にかけて活躍したアングロアラブ種の競走馬である。1987年から1989年の3年連続でJRA賞最優秀アラブを受賞。馬名の由来は「馬主の初孫の名+ホマレ」。

概要[編集]

※ここで使用する馬齢は旧表記とする。

現役期[編集]

3歳[編集]

1987年6月21日中京競馬場で開催されたアラブ系3歳未勝利戦(ダート1000メートル)でデビューし、当時のレコードタイムで勝利を飾る。次走の小倉競馬場3歳300万下競走(1200メートル)でもレコードタイムで優勝したことから、小倉3歳ステークス(現・小倉2歳ステークス)へと出走するが、16着と敗れている。その後はアラブ戦のみに参戦し、全勝。レコードタイムを4コースで叩き出したことも評価されJRA賞1987年最優秀アラブを獲得。

4歳[編集]

この年はアラブ戦に専念し2月14日シュンエイ記念から9月18日タマツバキ記念までの間に6戦し全勝。芝やダート、距離さえも不問でタマツバキ記念のほかセイユウ記念の勝利等が評価されJRA賞1988年最優秀アラブを獲得。

5歳[編集]

前年のセイユウ記念から4ヶ月の休養を挟み、年初めの銀杯を最初のレースとする。この頃にはアラブ単独のレースでは別定戦の当該レースですら65キログラムを課せられるが、10キログラム軽い2着馬と8馬身差をつけ圧勝。ついにはサラブレッドが相手となる小倉大賞典や陽春ステークスへの参戦を図るも、いずれも14着と惨敗を喫する。

陽春ステークス以後はアラブ戦に照準を絞り出走するが、67キログラム以上の負担重量を強いられ「負担重量との戦い」という感は否めない中、この年のタマツバキ記念に勝利し連覇達成となる。アラブ王冠で70キログラムを背負うことになるが、19キログラム軽い2着馬に2馬身半差をつけ快勝。

この年の末、大井競馬場全日本アラブ大賞典に参戦するが、ミスターヨシゼンの8着と敗れる。しかし、タマツバキ記念の連覇などが評価されJRA賞1989年最優秀アラブに選出される。

6歳[編集]

もはやアラブを相手にするには負担重量が重くなりすぎたことなどから、サラブレッド相手に照準を絞る。しかし、相手が強くなったことと、6歳ともなると衰えも見え始めたこともあり、陽春ステークスで3着に入着したほかは、好成績を残せていない。

この年の10月27日の多摩川ステークスを最後に引退している。

レコードタイムについて[編集]

アキヒロホマレは、生涯でレコードタイムを7回記録した。その記録の一覧を以下に記す。

記録年月日 競馬場 競走名 斤量 距離 タイム
1987年6月21日 中京 アラブ系未勝利 53 ダ1000m 1:00.8
1987年8月1日 小倉 アラブ系勝入 54 芝1200m 1:11:1
1987年11月21日 京都 アラブ系勝入 56 ダ1800m 1:56.1
1987年12月19日 中京 アラブ3歳S 58 ダ1700m 1:48.2
1988年8月20日 函館 アラブ系オープン 63 芝2000m 2:00.5
1989年1月13日 京都 銀杯 65 ダ1800m 1:51.3
1989年3月26日 中京 アラブスプリントS 67.5 芝1200m 1:09.9

現役引退後[編集]

引退後は日本軽種馬協会で種牡馬入りし、確認できるだけで38頭は競走馬登録をしている。主な産駒に1997年に荒尾記念を勝ったライトアゲインがいる。

年々生産頭数が減少しているアラブ系競走馬ではあるが、2007年にデビューした産駒がいるなど、一流種牡馬であっても用途変更が相次ぐアラブ系種牡馬界において、長きに渡り種牡馬としての役割を果たした。2014年2月14日付で用途変更になった後も日本軽種馬協会静内種馬場で余生を送っていたが、同年8月18日に老衰のため死亡した[1]

特徴・エピソード[編集]

  • 競馬ファンなどからはデビューを飾った年より「アラブ史上最強」との評価があった。
  • レーススタイルは、スタート直後にハナを奪って数馬身リードを取り、直線で更に突き放す「逃げ」が多かった。
  • サラ戦では9戦0勝と振るわなかったが、アラブ戦においては20戦18勝と驚異的な強さを見せた。2着との着差は8馬身以上が6回、単勝オッズは1.0倍が5回あった。
  • 1989年のアラブ王冠で70キログラムを背負って勝利したが、アラブがこの斤量で勝利したのは1975年のハツノタカラ以来14年振りだった。また、このレースを勝利したことで、アラブの歴代獲得賞金記録を更新した。

血統表[編集]

アキヒロホマレ血統ザテトラーク系(ヘロド系)/ライジングフレーム4×4=12.50% ニーフアン5×5=6.25%/「アア」表記はアングロアラブ種 「アラ」表記はアラブ種 「*」が付された馬名はシャギアギドランサラ系 (血統表の出典)

アア マルケンダイドウ
1977年生 鹿毛
父の父
アアスマノダイドウ
1970年生 鹿毛
アア ミトタカラ タカクラヤマ
アラ 金友
*トキノメジロ *メジロオー
アア トキハツエ
父の母
アア アマヒメ
1964年生鹿毛
アア ハマノオー ライジングフレーム
アア 梅剛
アア 豊霜 伯優
アア 波霜

アア ビクトリアータイム
1978年生 栗毛
アア タイムライン
1969生 栗毛
アア タガミホマレ アア ミネフジ
アア バイオレット
アア リュウエイ アア シュンエイ
アア タツリユウ
母の母
アア オオカワクイン
1969年生 鹿毛
アア セイユウ ライジングフレーム
アア 弟猛
アア ヨシハート アア マツギク
ハートフジ F-No.14号族


脚注[編集]

  1. ^ JRA最後の大物アラブ・アキヒロホマレ死す”. SANSPO.COM (2014年8月18日). 2014年8月18日閲覧。

外部リンク[編集]