アガペトゥス2世 (ローマ教皇)

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アガペトゥス2世
第129代 ローマ教皇
Orazio samacchini, Ottone I restituisce i territori della Chiesa a papa Agapito II, 1564-65, 03 (Papa Agapito II).jpg
教皇就任 946年5月10日
教皇離任 955年11月8日
先代 マリヌス2世
次代 ヨハネス12世
個人情報
出生 不明
Flag of the Papal States (pre 1808).svg 教皇領ローマ
死去 955年11月8日
Flag of the Papal States (pre 1808).svg 教皇領ローマ
その他のアガペトゥス
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アガペトゥス2世(Agapetus II, ? - 955年11月8日)は、第129代ローマ教皇(在位:946年5月10日 - 955年11月8日)。

修道院改革や聖職者の規律確立に努め、低下しつつあった教皇権の回復を行う。

教皇に即位したとき、ローマ教会は、マロツィアの子のアルベリーコ2世によって支配されており、教皇権は霊的活動のみに存した。このような中で、アガペトゥス2世は、クリュニー修道院改革運動を推進し、修道院と教会の霊的復興を企図し、北欧への宣教を積極的に支援した。

そのため、947年948年949年にそれぞれ教会会議を開催した。イタリアの混乱を収集するため、東フランク王国国王オットー1世に支援を要請した。しかし、オットー1世に求められたローマ皇帝冠の授与は拒否した。