アエロメヒコ航空

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アエロメヒコ航空
Aeroméxico
IATA
AM
ICAO
AMX
コールサイン
AEROMEXICO
設立 1934年 (アエロナベスとして)
ハブ空港
焦点空港
マイレージサービス クラブ・プレミア
会員ラウンジ サロン・プレミア
航空連合 スカイチーム
保有機材数 43機 (15機注文)
就航地 44都市
スローガン Vamos por el mundo (Travel the world)
親会社

バナメックス

(シティグループ傘下)
本拠地 メキシコの旗メキシコシティ
代表者 Andres Conesa Labastida (CEO)
外部リンク aeromexico.jp/
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アエロメヒコ航空(アエロメヒコこうくう、スペイン語: Aeroméxico)は、メキシコ最大の航空会社で、メキシコのフラッグキャリアである。

概要[編集]

アエロメヒコ航空の本社

メキシコシティメキシコ・シティ国際空港を本拠地にメキシコ国内、北アメリカ南アメリカアジア及びヨーロッパの50都市へ、毎日400便、またはアエロリトラルと共に750便以上運航を行っている。11年以上連続して、メキシコでも最多の定期運航を行う航空会社と見なされている。なお、「アエロメヒコ」はブランド名で、正式な社名は"AEROVIAS DE MEXICO, S.A. DE C.V."である[1]

主要な就航地はハブ空港であるメキシコ・シティ国際空港や、モンテレイヘネラル・マリアノ・エスコベド国際空港エルモシージョイグナシオ・L・ペスケイラ国際空港、及びグアダラハラドン・ミゲル・イダルゴ・イ・コスティージャ国際空港である。また、アメリカロサンゼルス国際空港へは、メキシコ国内の各都市から1日に数便から十数便の頻度で運航している。さらに日本ヨーロッパにも路線網を広げている。

2000年に世界有数の航空連合であるスカイチームの設立メンバーの1社となり、以降デルタ航空エールフランス大韓航空KLMオランダ航空などと共に同アライアンスの有力メンバーとなっている。また、アライアンス外の航空会社とコードシェア運航を行っており、2018年から日本航空とのコードシェア運航を行う。

子会社に、リージョナル航空会社として主にメキシコシティからの地方路線を運航するアエロメヒコ・コネクト(en:Aeroméxico Connect)がある。機内誌は「escala」がある。

歴史[編集]

創立[編集]

アエロナベス時代(1935年)
ダグラスDC-6
ダグラスDC-8-62
マクドネル・ダグラスDC-9-32
マクドネル・ダグラスMD-82
ボーイング767-200ER
ボーイング787-9

「アエロナベス(Aeronaves)」と言う名前で、1934年9月15日に設立された。初飛行は1934年9月23日メキシコシティからアカプルコまでの運用だった。

第二次世界大戦中は、アメリカパンアメリカン航空の援助を受けていた。その後チワワティファナなどへのメキシコ国内線を拡充した。

拡大期[編集]

1950年代には、双発機のダグラスDC-3で国内線やキューバなどのカリブ海沿岸諸国など近距離国際線を、ダグラスDC-4で国内幹線やヨーロッパアメリカなどの中長距離国際線を運航し、マドリードパリ2都市への運航を開始し、国際線での地位を確立した。

1950年代後半にダグラスDC-6ブリストル ブリタニアを投入し、旧退化したダグラスDC-4と置き換え、アメリカのアイドルワイルド国際空港(現在のジョン・F・ケネディ国際空港)とメキシコシティ間で運行した。

国有化と改名[編集]

1959年に国有化されることとなった。1962年には初のジェット機であるダグラスDC-8を導入し、その後国際線をダグラスDC-6やブリストル ブリタニアと置き換えることになり、これらの機種は国内線専用となった。

1964年に開催された東京オリンピックの際には、大会関係者を運ぶためにダグラスDC-8で東京国際空港へ特別便を運航した他、東京オリンピックに次いで1968年に開催されたメキシコオリンピックのオフィシャルキャリアにもなっている。その後社名を現在の「アエロメヒコ」に改名した。

航空会社統合[編集]

1970年代には劇的な変化をした。メキシコ航空局による国内線の新規路線開設抑制政策で、当時8つもあったメキシコの航空会社を一挙に吸収合併した。これにより同じく国内線と国際線を運航するメヒカーナ航空と主要路線分け合いつつも路線網を伸ばすことになった。

フリートの統一[編集]

1974年には初のワイドボディ機であるマクドネル・ダグラスDC-10を導入し、ヨーロッパ線やアメリカ線に投入したほか、同年にはダグラスDC-9も導入した。

その後ダグラスDC-9の導入により1970年代中に国内線の完全ジェット化を実現したほか、便数や路線網の急増を受けて日本航空などからダグラスDC-8-62の中古機を購入した。

さらに1980年代には、ダグラスDC-9の後継のマクドネル・ダグラス MD-82のローンチカスタマーの一つになるなど、積極的にマクドネル・ダグラスの機材を導入、フリートをマクドネル・ダグラス機で統一した。

国営会社の破産宣告[編集]

1988年4月に、メキシコ政府は資金が底をつき、政府が所有するすべての企業の破産を宣告した。当時保有機材のほとんどが20年以上経過していた。そこで3か月間再建策を模索し、同年8月再建を明示した。その内訳は保有機材の一部退役や民営化、本部の設立、ハンガーの整備、機材の一部個人所有というものであった。

この際にダグラスDC-8の様な旧式機材や、マクドネル・ダグラスDC-10などの効率の悪い大型機を整理し、その代わりに効率の良い最新鋭機のボーイング757ボーイング767-200ERを発注した。

再度の拡大[編集]

1989年にアメリカのフェニックスに乗り入れを開始し、1991年にはボーイング767-200ERの引き渡しを受けて、1992年にはドイツフランクフルトイタリアローマに乗り入れた。

さらに当時深刻な経営難に陥っていたアエロペルーの株式の47%を取得し、1995年にはペルーリマへの乗り入れを開始するなど、積極的にその路線網を広げた。

スカイチーム立上げ[編集]

1990年代には、新規航空会社の参入や燃料費の高騰などの理由で、メキシコ国内での競争は徐々に厳しさを増した。これを打開すべく国際線の展開を積極的に進め、1995年にはデルタ航空エールフランスと提携関係を結び、2000年にはこれらの2社や大韓航空などとともに、世界有数の航空連合の1つである「スカイチーム」の立ち上げメンバーの1社となるに至った。また旺盛な需要に対応すべくボーイング777を導入した。

現在[編集]

2006年には日本成田国際空港に就航し、2010年代に入るとボーイング787を導入したことで、日本以外のアジアにも路線網を広げている。さらに国内線にも継続的に最新鋭機の導入を進めている。

また国内線の一部を、小型ジェット機のエンブラエルERJ-145E190などで運航する、子会社の「アエロメヒコ・コネクト」に移管することで、経営効率の改善を行っている。

就航都市[編集]

国際線[編集]

メキシコを代表する航空会社として長距離国際線を多数運航している。旧宗主国であるスペイン(マドリードバルセロナ)を主軸とし多くのヨーロッパ路線を運航する。アジア路線に定期直行便を自社運航しているラテンアメリカ唯一の会社であったが、南米チリ共和国のLAN航空(現在はLATAM航空)によってB787シリーズを使用したオセアニア及びシンガポール行きなど、南半球における太平洋横断線も複数の会社で運航されるようになった、(2016年現在)。

ボーイング737以上の大きさの機材で運航される国際線はビジネスクラス「クラセ・プレミエ」とエコノミークラスの2クラスで運航されている。また、ボーイング767やボーイング777などのワイドボディ機で運航される国際線のビジネスクラスには、ライフラット型もしくはシェルフラット型のビジネスクラスシートが装備されている。なおボーイング787では、フルフラットタイプのビジネスクラスを搭載。2016年から直行便化した成田国際空港への10時間を超える直行国際便では、最新鋭のボーイング787が投入されている。

国内線[編集]

都市 空港
アカプルコ ファン・アルバレス将軍国際空港
アグアスカリエンテス リセンシアド・ヘスス・テラン・ペレド国際空港
カンクン カンクン国際空港
チワワ (チワワ州) ヘネラル・ロベルト・フィエロ・ビジャロボス国際空港
シウダー・デ・カルメン シウダー・デ・カルメン国際空港
シウダー・フアレス アブラアム・ゴンサレス国際空港
コスメル コスメル国際空港
クリアカン インテルナシオナル・フェデラル・デ・バチグアラト空港
グアダラハラ ドン・ミゲル・イダルゴ・イ・コスティージャ国際空港
エルモシージョ イグナシオ・ペスケイラ・ガルシア将軍国際空港
サンタ・マリア・ワウラ インテルナシオナル・バイアス・デ・ワウラ空港
レオン デル・バジオ空港
マサトラン マサトラン国際空港
メリダ マヌエル・クレセンシオ・レホン国際空港
メヒカリ メヒカリ国際空港
モンテレイ モンテレイ国際空港
モレリア フランシスコ・ムヒカ将軍国際空港
オアハカ ソソコトラン国際空港
プエルト・バヤルタ インテルナシオナル・リセンシアド・グスターボ・ディアス・オルダス空港
レイノサ ヘネラル・ルシオ・ブランコ国際空港
サルティーヨ インテルナシオナル・プラン・デ・グアダルペ空港
サン・ホセ・デル・カボ ロス・カボス国際空港
タパチュラ タパチュラ国際空港
ティフアナ ヘネラル・アベラルド・L・ロドリゲス国際空港
トルーカ インテルナシオナル・デ・トルーカ空港
トレオン フランシスコ・サラビア・トレオン国際空港
トゥストラ・グティエレス アンヘル・アルビノ・コルソ国際空港
ベラクルス ベラクルス国際空港
ビジャエルモサ ビジャエルモサ空港

アジアでの就航状況[編集]

日本へは2006年に東京成田国際空港)=メキシコシティ(ティファナ経由)をボーイング767-200ER型機で就航開始した。2008年に上海線に就航を開始した(往路・復路ともにティファナ経由)。

2014年9月には成田-メキシコシティ線の経由地がモンテレイ(復路のみ)経由便になり、2016年1月にボーイング787-8型機投入より往路・復路ともにメキシコシティ-成田間を直行便化した。この直行化によって大幅に日本から中南米各地への移動時間短縮が実現しカリブ海諸国へも大きく空路利便性が向上し、自動車製造業などでは大きな経済効果が出るといわれている。その後成田 - メキシコシティ線が週7便のデイリー運航になることが発表された[4]。また、2017年10月には日本航空とのコードシェア運航を行うと発表された。

アエロメヒコ航空はボーイング787の受領以降、メキシコからアジア直行長距離路線の強化に踏み切っており、2016年中にアジアでの就航地を1つ増やすということを示唆し、2017年5月27日よりソウル(仁川国際空港)へ就航した。他に候補地として北京などが挙げられた。日本については三大都市圏である名古屋(中部国際空港)や大阪(関西国際空港)が挙がった。

保有機材[編集]

同社が発注したボーイング社製旅客機の顧客番号(カスタマーコード)は52で、航空機の形式名は737-752、737-852、777-252ER、787-852などと表記される。

運用機材[編集]

2016年現在

機材 運航中 発注 オプション 座席数 備考
C W Y
ボーイング737-700 19 0 0 12 18 94 124 全機ウイングレット仕様
ボーイング737-800に置き換え予定
ボーイング737-800 33 21 10 16 18 126 160 全機ボーイング・スカイ・インテリア(BSI)、ウイングレット仕様
オプションはボーイング737-900切替可能、2017年まで受領予定
ボーイング737MAX8 0 60 30
未定
初号機は2017年に受領予定、オプションはボーイング737MAX9切替可能
ボーイング777-200ER 4 0 0 49 0 228 277 ボーイング787-9に置き換わる予定
ボーイング787-8 9 1 0 32 0 211 243 2機所有、他はリース
ボーイング787-9 5 6 4 未定 初号機は2016年に受領予定
合計 63 91 44

引退機材[編集]

事故[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]