アインハルト

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アインハルト(Einhard)とは、カロリング朝フランク王国の廷臣、教職者建築家歴史家。エギンハルドゥス、エジナールとも。

概要[編集]

アインハルトは『カール大帝伝』の著者で、カロリング・ルネサンスの主だった文筆家の一人。

生年不詳で770年ごろのドイツマイン地方の貴族階級の生まれと推察されている。

カール大帝ルートヴィヒ1世の二代にわたって仕え、840年に隠遁の地ゼーリゲンシュタット修道院で没した。

フルダ修道院ラテン語古典をおさめたのち、アルクインに師事し、彼の後をついで宮廷学校の教壇に立った後は、カール大帝の厚い信頼を得て政策の相談を受け、806年にはローマ教皇への使節も務める。

後継者であるルートヴィヒ敬虔王にも信頼され、ロタール王子(ロタール1世)の個人教授を務めるが、830年に政紛を避けて職を辞しゼーリゲンシュタットに隠居した。

建築家としても優れ、アインハルトのバシリカ聖堂、先代のミヒェルシュタット市教会などの建築を行う。

作品[編集]

アインハルトの作品の中で最も有名なのものは、カロリング・ルネサンスを代表する作品として後世にも影響を与えた「カール大帝伝」である。本書はカールの人生と性格に関する直接的な情報源で、アインハルトが残した多くの書翰とともに、この時代の政治史の重要な史料となっている。その一方で、本書がカールを賞賛する目的で書かれたもので、その内容には政治的バイアスがかけられていることも理解されている。例えばアインハルトはカールの戴冠について、カール自身の言葉を借りて「前もって戴冠があることを知っていたらサン・ピエトロ大聖堂ミサには出席しなかっただろう」と伝えているが、現在の歴史学では、この言葉が事実を言い表したものであるとは考えられていない[1][2]。少なくともカールは自身の戴冠については事前に知っていたし、皇帝への就任にも意欲的であったろうことがいくつもの研究によって示されている[3]。アインハルトは本書の執筆にあたって細心の注意を払っており、カールの娘たちが引き起こしたスキャンダルといった、カールにとって不名誉になりそうなことについては注意深く筆を避けている。

邦訳[編集]

  • カール大帝伝 国原吉之助訳 世界文学大系66 筑摩書房、1966 

脚注[編集]

  1. ^ オイゲン・エーヴィヒ 『カロリング帝国とキリスト教会』 文理閣、2017年
  2. ^ 佐藤彰一 『カール大帝』 山川出版社、2013年
  3. ^ ブライアン・ティアニー 『The Crisis of the Church and State 1050-1300. 』 トロント大学出版部、1988年