アイラ・レヴィン

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アイラ・レヴィン
Ira Levin
誕生 Ira Marvin Levin
(1929-08-27) 1929年8月27日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュー・ヨーク州ニュー・ヨーク
死没 (2007-11-12) 2007年11月12日(78歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュー・ヨーク州マンハッタン
職業 小説家
配偶者 ガブリエル・アーロンソン ( 1960 - 1968 )
フィリス・シュガーマン ( 1979 -1981 )
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アイラ・レヴィンIra Levin1929年8月27日 - 2007年11月12日)は、アメリカ合衆国出身の小説家劇作家作詞家である。小説では、『死の接吻』(1953年)、『ロズマリーの赤ちゃん』(1967年)、『ステップフォードの妻たち』(1972年)、そして『ブラジルから来た少年』(1976年)で、劇作品では『デストラップ・死の罠』(1978年)で知られていて、作品の多くが映像化されている。

経歴[編集]

アイラ・レヴィンはニュー・ヨークニュー・ヨーク・ボーロウマンハッタンで生まれて、マンハッタンとブロンクスで育った[1]。父のチャールズは玩具の輸入業者で、先祖はロシアからの移民であった。レヴィンはニュー・ヨークのホーレス・マン・スクールを修了して、アイオワ州のデ・モインにあるドレイク大学に1946年から1948年まで通っていた。その後ニュー・ヨーク大学に移って、哲学英語学を専攻して1950年に大学を卒業した。また1953年から1955年まで、アメリカ陸軍の信号隊に入隊していた[2]

脚本[編集]

レヴィンは大学を卒業した後に、訓練用映画や放送番組のための脚本を書いた。最初の作品は1951年の"Lights Out"での『Leda's Portrait』だった[2]

最初に発表された戯曲は、『No Time for Sergeants』で、1954年のマック・ハイマンの小説が原作だった。アメリカ空軍においてのヒルビリー("Hillbilly")を描いたコメディーで、このステージでアンディー・グリフィスはキャリアを開始した。その後この作品は、1958年にニック・アダムスが出演して、『軍曹さんは暇がない』として映画化された。また1964年からTVシリーズとして放映されていた『マイペース二等兵』があるが、このシリーズはサミー・ジャクソンが出演していて、一般的には『軍曹さんは暇がない』が前身と思われている[3]

レヴィンの一番有名な戯曲は1978年の『Deathtrap』で、ブロードェイで上演されたコメディー・スリラーの最長記録を持っている。そしてこの作品で、1980年に2度目のエドガー賞を戯曲部門で受賞した。またこの戯曲は、クリストファー・リーブマイケル・ケインの出演で映画化されて『デストラップ・死の罠』として1978年に公開された[2]

小説[編集]

レヴィンは1954年に最初の小説『死の接吻』を発表して、エドガー賞の処女長編賞を受賞した。1956年に『赤い崖』として、1991年に『死の接吻』として映画化された[2]

最も知られている作品が、1967年の『ローズマリーの赤ちゃん』で、マンハッタンUWSにおける、現代のサタニズム神秘学のホラー・ストーリーであった。1968年にミア・ファロージョン・カサヴェテスの出演で映画化されて、この映画に出演したルース・ゴードンアカデミー賞助演女優賞を受賞した。この映画を監督したローマン・ポランスキーはアカデミー賞の脚色賞にノミネートされた。

レヴィンは2002年に、「『ローズマリーの赤ちゃん』が後の『エクソシスト』や『オーメン』を導いたことに罪悪感を感じています。どの世代も影響されてサタンをより信じるようになっています。私はサタンを信じていませんし、強固な原理主義を感じています。これらの本から影響されなかったとしても、私達はそんなに強くはないでしょう。当然、著作権の小切手は返送しませんでした。」と語っている[1]

映画化されたレヴィンの小説は、他にも、1978年公開の『ブラジルから来た少年』と、1975年と2004年に公開された『ステップフォードの妻たち』がある[4][5]

1990年代にレヴィンは、ベストセラーになった小説2作を出版した。1991年の『硝子の塔』と1997年の『ローズマリーの息子』であった。『硝子の塔』は1993年にフィリップ・ノイス監督で、シャロン・ストーンウィリアム・ボールドウィントム・ベレンジャーの出演で映画化された。『ローズマリーの息子』は1967年の『ローズマリーの赤ちゃん』のその後を描いた小説であった[2]

スティーヴン・キングは「サスペンス小説のスイス製時計メーカーであって、私達をドラッグストアーのチープな時計メーカーに感じさせます。」と説明している。また、チャック・ポーラニックは『Stranger than Fiction: True Stories』で、「レヴィンの文章はスマートで、カルチャーで普通用いられる、使い古された言い回しの最新版となっている。」と述べている[6]

2003年に、レヴィンはMWA賞の巨匠賞を受賞した。

私生活[編集]

レヴィンは結婚歴と離婚歴がそれぞれ2度ある。最初がガブリエル・アーロンソンで次がフィリス・シュガーマンであった。最初の結婚で、アダム、ジャレッド、そしてニコラスの3人の息子が誕生し、さらに4人の孫がいる[1]

その死[編集]

2007年11月12日に、マンハッタンの自宅で心臓発作で亡くなった[1][7]

作品[編集]

小説[編集]

戯曲[編集]

ミュージカル[編集]

映像化作品[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]