アイフル (競走馬)

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アイフル
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1971年4月16日
死没 1999年4月4日(29歳没・旧表記)
セダン
グリンロッチ
母の父 リンボー
生国 日本北海道静内町
生産 佐藤三郎
馬主 藤本義昭
調教師 仲住芳雄東京
競走成績
生涯成績 43戦12勝
獲得賞金 2億7174万8800円
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アイフルとは日本競走馬である。1976年天皇賞(秋)の優勝馬で、同年の最優秀5歳以上牡馬。1970年代における大器晩成型の代表格である。主戦騎手嶋田功。なお、キタノカチドキ皐月賞菊花賞)・コーネルランサー東京優駿)・フジノパーシア天皇賞(秋)宝塚記念)と同期である。馬名は「が降る」といった意味である[1]

戦績[編集]

1973年11月18日のデビュー戦をブービー人気ながらも同着優勝したアイフルは、次走の200万下条件戦2着でこの年のシーズンを終えた。

1974年、200万下条件戦の椿賞を勝ち4戦2勝で弥生賞に挑戦したものの、後方のまま最下位に敗れたために皐月賞には出られず、脚部不安でトライアル競走にすら出られなかったフジノパーシアと共に、クラシック三冠とは無縁の競走生活を送った。フジノパーシアは1975年に早々と条件戦を抜け出したが、アイフルは500万下条件戦の駒草賞以後15戦走るもなかなか勝てず、1975年末に900万下条件戦を勝ってオープンクラスに昇格したころには、既に同期のクラシック優勝馬(キタノカチドキとコーネルランサー)は故障が原因で2頭とも引退していた。

1976年日刊スポーツ賞金杯を条件戦を脱出した勢いで快勝し、重賞優勝馬となった。その後、アルゼンチン共和国杯と平場オープンを勝ったアイフルは天皇賞(秋)に挑戦する。ホワイトフォンテンを出し抜き大逃げ戦法に打って出た武邦彦鞍上のロングホークを最後の直線で交わすと、追いすがるハーバーヤングを1馬身4分の3振り切り天皇賞制覇を成し遂げた。

天皇賞優勝馬となったアイフルは、年度代表馬の座を賭けて同年暮れの有馬記念に挑戦[2]するが、後にTTGと呼ばれる3頭の内の2頭、トウショウボーイテンポイントが立ちはだかり3着敗退。結局、年度代表馬には皐月賞と有馬記念を制したトウショウボーイが選出された。その後も、ラストランとなった第18回宝塚記念までに勝てたのはTTG不在の中山記念と連覇したアルゼンチン共和国杯だけだった。

12勝の実績に加え、追い込み脚質でありながら2着13回、3着10回という堅実な戦績を残した点も、特筆されるべきであろう。

引退後[編集]

引退後、アイフルは種牡馬になるが、脚質・成長共にスピード優先の時代に「セダン産駒の晩成長距離馬」アイフルの種牡馬としての成功は無理な問題であった。種牡馬生活スタートの地が九州だったのも成功の足枷になった。早期にクラシック優勝馬を輩出したトウショウボーイやマルゼンスキーと違い、最後まで産駒に恵まれなかったアイフルは九州の馬産地から見捨てられ、10年間の放浪生活を余儀なくされる。その後、ファンの活動により日本軽種馬協会那須種馬場に引き取られるが、この活動がなかったら最悪殺処分になってもおかしくない状態だった。その後は軽種馬協会那須種馬場で大切にされたが、1999年4月4日、放牧中に転倒したまま立ち上がれず、やむなく安楽死処分となった。

血統表[編集]

アイフル血統プリンスローズ系アウトブリード (血統表の出典)
父系

* セダン
Sedan
1955 鹿毛
父の父
Prince Bio
1941 鹿毛
Prince Rose Rose Prince
Indolence
Biologie Bacteriophage
Eponge
父の母
Staffa
1948 鹿毛
Orsenigo Oleander
Ostana
Signa Ortello
Superga

グリンロッチ
1965 黒鹿毛
* リンボー
Limbo
1949 鹿毛
War Admiral Man O' War
Brushup
Boojie Boojum
Foxiana
母の母
ミスズクイン
1960 黒鹿毛
* ヒンドスタン
Hindostan
Bois Roussel
Sonibai
カツエー ハクリユウ
昭英 F-No.11-c
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

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  1. ^ 横尾一彦「サラブレッドヒーロー列伝 (61) 追い込み人生 アイフル」、『優駿』、日本中央競馬会、1991年5月、 63頁。
  2. ^ 鞍上は菅原泰夫日刊スポーツ賞金杯を制した際にも手綱を取っていた。なお嶋田功は自身の所属厩舎(稲葉幸夫厩舎)の管理馬で同年の牝馬二冠(桜花賞優駿牝馬)を制したテイタニヤに騎乗した。【競馬】1976年有馬記念 トウショウボーイ

外部リンク[編集]