アイバル

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アイバル
Традиционално сервиран ајвар.jpg
アイバルのオープンサンドの材料。パン、ニンニク胡椒サラミ
地域 バルカン半島
主な材料 パプリカ植物油。任意で唐辛子ナスニンニク
派生料理 ピンジュルトマト入り)、マリザーノ(ナス入り)
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アイバル発音記号: [ˈvɑːr]; セルビア語キリル・アルファベット: ajвар; マケドニア語: aјвар; : Ajvar[注釈 1]は、主に赤パプリカと植物油から作る調味料の一種である。他にニンニクナス唐辛子等が含まれることもある。アイバルはバルカン諸国[注釈 2]の食文化で用いられる。セルビアでは古くから「セルビアのサラダ」[1][2]や「セルビアの野菜キャビア」[3][4][5][6]と呼ばれてきた。第二次世界大戦後には旧ユーゴスラビア全域で人気のある副菜となり、現在は東南ヨーロッパ全体でよく食べられている。

家庭では、素焼きや網焼きもしくはオーブン焼きなどで火を通したパプリカから作る。パプリカに含まれるカプサイシンの量や加える唐辛子の量に応じ、伝統的な甘口から最も一般的なピリ辛のもの、また非常に辛いルーテニッツァまで辛さを調整する。パン用のスプレッド副菜として食べられる。トマトを加えたものはピンジュルと呼ばれる。

語源と起源[編集]

ajvarという名前は、トルコ語で「塩漬けの魚卵」を意味するhavyarに由来し、語源はキャビア (caviar) と共通である[7]。20世紀までチョウザメ黒海からベルグラードまで遡上しており、ドナウ川でかなりの量のキャビアが生産されていた[8][9]。アイバルはかつて「キャビア」を意味し、かつてはベルグラードの家庭やレストランでは豊富に採れる国産品を食べていた[10][11]。しかし1890年代に労働争議のためにキャビア生産が不安定になり始めると、ベルグラードのレストランで代用品としてパプリカのサラダを「赤アイバル」(セルビア語: crveni ajvar) や「セルビアのアイバル」(セルビア語: srpski ajvar) という名前で提供するようになった[5][2]

ではアイバルの起源はどこかというと、マセドニア北部説とセルビア説があり、結論は出ていない。

作り方[編集]

家庭の食品庫から取り出したアイバルの瓶詰め。その他のピクルスも見える。

家庭では焼いて皮を剥いたパプリカから作るが、工場ではパプリカをゆでて用いるため、品質が低くなる。ローストするとパプリカの皮むき等の工程で手間が増えるため、工場生産では避けがちである。伝統的なアイバル作りは、原料のパプリカが最も手に入りやすい秋の半ばが最盛期である。ガラス瓶に詰めて保存食として一年中消費されたが、多くの家庭では新鮮なサラダ野菜が手に入る春までに使い切り、冬の食べ物として楽しんでいた。かつては家族全員や近隣住民が集まり共同作業でアイバル作りを行うこともしばしばあり、パプリカを焼く係、皮をむく係など手分けして調理した。主に用いられたRogaという品種は果実が赤く大きな角のような形で、果肉は厚く比較的皮がむきやすい。この品種は平年であれば9月末頃に熟す。

薪のコンロで網焼き

アイバル作りは、まずパプリカとナスを丸ごと鉄板や網に載せて素焼きにしたり、オーブン焼きにする[12]。焼けたパプリカは粗熱をとり、皮がむきやすくなったら注意深くむいて種を取り除く。これをフードプロセッサーで細かく刻むか、みじん切りにして(後者のみじん切りにしたものは一般にピンジュルと呼ぶ)、大きな鍋で数時間煮る。水気を飛ばして濃縮し保存性を高め、ひまわり油ニンニクを加えてさらに煮詰める。最後にを加えて調味すると熱いうちに直接、ガラス瓶に移し、すぐに密閉する。を入れる場合もある。

市販品[編集]

市販のアイバル。

アイバルは、ボスニア、クロアチア、セルビアとマケドニアを含む様々な国で作られている。2004年現在、セルビアではアイバル用の加工パプリカが年間640トン生産されている[13]

アイバルはトウガラシの酢漬け、トマトの酢漬けなどとともに、いわゆる「冬ごもりの食品」(zimnica)の1つに数えられ、本格的な冬入り直前に瓶詰めの加工食品として整える。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

代表執筆者の姓のABC順。

  • Barer-Stein, Thelma (1979) (英語). You eat what you are: a study of ethnic food traditions. p. 576 
  • Burr, Malcolm (1935). Slouch hat. p. 165 
  • Edwards, Lovett Fielding (1954) (英語). Introducing Yugoslavia. p. 79 
  • Hillman, James; Boer, Charles (1985) (英語). Freud's Own Cookbook. Harper & Row. p. 134. ISBN 978-0-06-091159-1. https://books.google.com/books?id=fpHyAAAAMAAJ 
  • Pančić, Josip (1860) (セルビア語). Pisces Serbiae. p. 33 
  • Popović (1964). Beograd kroz vekove. pp. 93, 215, 241 
  • (英語) Slavonic Encyclopaedia. Slabey, Joseph (ed). (1949). p. 338 
  • Wechsberg, Joseph (1960) (英語). The Cooking of Vienna's Empire. p. 164 

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 他のバルカン諸国語の表記は次のとおり。ブルガリア語: aйвар / ayvarアルバニア語: ajvariボスニア語: ajvar / hajvar
  2. ^ バルカン諸国とはアルバニアボスニアブルガリアクロアチアマケドニアモンテネグロセルビアスロヴェニア(特にコチェーヴィエ)を数える。

出典[編集]

  1. ^ Slabey 1949, p. 338.
  2. ^ a b Edwards 1954, p. 79.
  3. ^ Wechsberg 1960, p. 164.
  4. ^ Barer-Stein 1979, p. 576.
  5. ^ a b Burr 1935, p. 165.
  6. ^ Hillman & Boer 1985, p. 134.
  7. ^ Loma, Aleksandar (2003). “s.v. ajvar” (セルビア語). Etimološki rečnik srpskog jezika : sveska. 1. Beograd: Srpska akademija nauka i umetnosti —別題「A Dictionnaire etymologique de la langue Serbe」(フランス語)
  8. ^ Pančić 1860, p. 33.
  9. ^ Petrović, Mihailo (1941). Đerdapski ribolov 
  10. ^ (英語) Belgrade through the ages. 7. (1960). pp. 61, 64. 
  11. ^ Popović 1964, pp. 93, 215, 241.
  12. ^ Making Ajvar (jpg)”. 2011年7月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年12月15日閲覧。
  13. ^ Vegetable Industry in Serbia (pdf)” (英語). Serbia Investment and Export Promotion Agency. 2018年3月17日閲覧。

外部リンク[編集]