らくさぶろう

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らくさぶろう1965年5月18日 - )は、愛媛県大洲市生まれのローカルタレント。本名は冨永幸伸

来歴[編集]

5歳で松山市に移り、愛媛県立松山東高等学校を卒業後、上京して玉川大学に入学する。同級生には薬師丸ひろ子がいた。家庭の事情で2年で帰郷して、愛媛大学教育学部(音楽教員養成課程)へ再入学。落語研究会で「寿亭らくさぶろう」の高座名で活躍し、その後も現在に至るまで活躍中。友近と「ディープ・キス」という名前でコンビを組んでいたことがある[1][出典無効]。また、落語家桂雀三郎に弟子入り志願した事もある。現在の芸名もこれに由来する。

人物[編集]

幼少の頃から、音楽好きに育ち、中学生時代に吹奏楽に出会い音楽教師を志すが、大学時代に落語にはまり学業が疎かになってしまったことからその道を断念する。ただし、愛媛県内の高校の吹奏楽部の定期演奏会に進行役として登場するなど、音楽(特に吹奏楽)との関わりは現在もある。趣味は俳句。愛媛県内では噺家というよりもローカルタレントとして広く知られ、「愛媛のみのもんた」と呼ばれている。

また、テレビ出演の際には番組の趣旨により、時々割烹着やエプロンを身につけて女性物のかつらを被った「らくおばちゃん」としてリポートをする場合もあり、その自然と口をついて出る伊予弁は愛媛県民に広く親しまれている。

エピソード[編集]

  • 中学で吹奏楽を始める際、目立ちたいためにトランペットを希望したが、希望者が多いためオーディションとなった。しかしオーディションで、先生と顔を合わせると「唇が厚い」という理由で、すぐに不合格を言い渡される。そこで男子部員が少なかったため、チューバを担当することになる。
  • 名物キャラの「らくおばちゃん」は番組スタッフとの居酒屋トークから生まれた。
  • 芸名はひらがな表記だが、よく間違えられるようで、生放送のラジオショッピングの際には「らくたろう」、「ろくさぶろう」と呼ばれたことがある。

出演[編集]

テレビ[編集]

あいテレビ

  • 特盛・鴻上丼
  • ハナマル調査団
  • ハナマルセブン
  • らくごはん
  • らくガキ!
  • らく道楽

南海放送

ラジオ[編集]

※この他にも、愛媛ローカルだが味噌のCMにも「らくおばちゃん」に扮して出演している。(ギノーみそ・ひしお)

また、一時期深夜帯におけるあいテレビの放送終了時間前の天気予報の時間に、らくおばちゃん名義でのオリジナルソングを提供していたことがある。これは愛媛県下各地の天気予報が流れる際にそのバックでらくおばちゃんが買い物先等で意地悪ばあさんさながらの行動をするという、一種のPVのような作りになっていた。

現在は放映を終了しているが、「♪みかん・伊予かん・ぽんかん・おかんー、ざまあかんかん・らくおばちゃーん」と言う独特の歌詞とフレーズは愛媛県民の間では未だに語り草となっている[要出典]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ テレビ東京系列『やりすぎコージー』 2009年3月2日放送分より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]