もず唱平

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もず 唱平(もず しょうへい、1938年昭和13年)8月8日[1]‐ )は昭和、平成期の作詞家。本名、西垣正樹[2]。「はぐれコキリコ」で藤田まさと賞(2002年度)を受賞[3]

経歴[編集]

神奈川県平塚市出身[2]。大阪出身[4]、大阪育ち[5][6]。父は傷痍軍人で母が家計を支える[6]早稲田大学商学部中退。 19歳の時喜志邦三に師事した[4]

1960年(昭和35年)、職を転々としたのちに[6]松竹演劇制作室入社[2]。後に、朝日放送の専属作詞家になる[2]1967年(昭和42年)、気の合う飲み仲間だった歌手志望の三音英次の「釜ヶ埼人情」で作詞家としてデビュー[6][1]

1969年(昭和44年)、百十番舎音楽出版株式会社を設立し代表取締役になる[1]。1972年(昭和47年)イベント会社百十番舎企画を設立、社長に就任[1]

1989年平成元年)6月、中国残留孤児の養父母支援のチャリティー・イベントを開催[1]。2009年(平成21年)、ブラジル移民一世紀特別企画「歌でつむぐ心の旅〜もず唱平&成世昌平と行く〜」でブラジルを訪問し、歌を通じた交流に尽力。

大阪芸術大学芸術計画学科教授。大阪国際平和センター理事[1]

作風[編集]

代表作には、「釜ヶ崎人情」、「花街の母」、「虫けらの唄」、「浪花人情」、「「河内音頭特集」、「道頓堀情話」、「兄貴」、「宵街しぐれ」、「大阪情話」などがある。作詞の多くは大阪を唄ったもので、庶民がテーマのものが多い。また、歌詞に登場する主人公の職業等がはっきりしているという点が特徴の一つ。[要出典]

代表曲[編集]

出典[編集]