はな子

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はな子
Elephas maximus bengalensis hanako.jpg
はな子(2006年4月28日撮影)
生物 アジアゾウ
性別 メス
生誕 1947年昭和22年)春頃
タイ王国の旗 タイ
死没 2016年平成28年)5月26日
日本の旗 日本 東京都武蔵野市
著名な要素 日本で飼育された最も長寿のゾウ
飼い主 井の頭自然文化園

はな子(はなこ、1947年 - 2016年5月26日)は、東京都武蔵野市井の頭自然文化園で飼育されていたメスのアジアゾウである[1]

第二次大戦後に初めて日本にやって来たゾウであり[2][3]2013年1月に66歳でアジアゾウの国内最高齢記録を更新し、日本で飼育された中で最も長寿のゾウとなった[1][2]

生涯[編集]

1947年春ごろにタイ王国で生まれた[1]。タイでの名前はカチャータイ語: คชา[4][5][6]。日本にやって来る前はバンコク農園で暮らしていた[7]

インドから送られたインディラ

元タイ国軍事顧問[8]で実業家のソムアン・サラサスタイ語版が、「戦争で傷ついた子どもたちの心をいやそう」と私財を投じて発起人となり、日本に贈られることとなった[1][9][10]

移動動物園を行うインディラ

「カチャー」は2歳半の時、1949年8月22日にデンマーク船オラフ・マークス号でタイを発ち、9月2日神戸港に着いた。そして、貨物列車とトラックを使って、9月4日恩賜上野動物園に到着した。当初、上野動物園では「カチャー子」と呼ばれていたが、公募により、戦争中に餓死した「花子」(ワンディー[4]タイ語: วันดี [11])の名を継いで「はな子」と名付けられた[4]。上野動物園には、「はな子」到着のすぐ後の1949年9月25日インドから贈られた「インディラ」も到着し、年末までの3か月間で100万人近くの入園者が訪れるゾウ・ブームが起きた[12]

1950年から、「はな子」と「インディラ」は移動動物園で日本各地を訪れた。「インディラ」が列車等で全国を回ったのに対して、子ゾウだった「はな子」は都内を中心に東京近郊を回った。その中には井の頭自然文化園も含まれていたが、そこで「はな子」を見た武蔵野市や三鷹市から、井の頭自然文化園での「はな子」の展示を求める声が上がった。1954年3月5日、「はな子」は上野動物園から井の頭自然文化園に移された[13]。しかし、1956年6月14日の早朝、ゾウ舎に侵入した男性を死亡させる事故を起こし[7](後述)、さらに4年後の1960年にも飼育員を踏み殺す事故を起こした[1][14][15]。このため、「殺人ゾウ」の烙印を押され処分を迫られた「はな子」は、鎖につながれ来園客から石を投げられたこともあり、ストレスなどからやせ細った[15][16]

事故の2か月後に井の頭自然文化園に赴任し、「はな子」の飼育係となった山川清蔵は、「はな子」を鎖からはずし、運動場に出した。山川は退職までの約30年にわたって「はな子」の世話をし、その様子は、書籍やテレビドラマにもなった[14]

年老いてからは歯が抜け落ちて、左下の1本しか残っていなかった。このため、餌はバナナやリンゴ等を細かく刻んだものが与えられていた[16]

2006年ごろから再び、運動場にいた飼育員が鼻で転倒させられたり、獣医師が投げ飛ばされる等の事故が起きるようになった。事故防止対策として、2011年夏に飼育方法がそれまでの直接飼育から、飼育員が柵越しに世話をする準間接飼育に改められた。しかしながら、「はな子」の飼育係の班長は、「偶然の事故はありえない。ゾウはブドウ一粒踏みつぶさない、ハエがとまっても気付く。非常に賢く、はっきり分かって行動する」と述べ、人間側が無意識のうちに事故を誘発していた可能性を指摘している[14]

はな子の死を受け、献花を行う来園者たち(井の頭自然文化園2016年5月28日撮影)

2015年10月にはカナダブロガーが「コンクリートの中、一頭だけで立ち尽くしている」とブログ上で発信、国際的な署名活動が行われ、45万人以上の署名が集まった[17]。同年中に「はな子」の生まれ故郷であるタイでも、「涙が止めどなく流れる。タイの親善大使ゾウのはな子は、タイには帰ってこれない」と題して報じられ、「無気力」「コンクリートの檻の中のおばあちゃん」などと哀れむ本国の声を伝えた[5]。2016年3月に発端となったブロガーと動物園側との間で改善策の話し合いが行われた[17]

2016年5月26日に死去。69歳没[1][3]。当初は老衰によるものと発表されたが[1][3]、翌27日の解剖で死因は呼吸不全と判明し、右前脚に関節炎の持病があったのもわかった。ゾウ舎の監視カメラには、26日1時25分ごろ「はな子」が倒れこむ様子が映っていたが[18]、飼育員が異変に気付いたのは8時半ごろになってからであった[1]。死亡が確認された15時過ぎまで[1]20人以上で介抱にあたったが[3]、2トンを超える体重で肺が圧迫され続けたことが呼吸不全を招いたとみられる[18]。遺体は国立科学博物館に寄贈された[18]

2016年9月3日に、井の頭自然文化園にてお別れ会が開かれることが決定[19]2017年5月の完成を目指して吉祥寺駅前に銅像が建設されることとなり[20]、同年5月5日に完成し、除幕式が行われた[21]

Google map および ストリートビュー において、在りし日のはな子(2月2012年)の姿を見ることができる。

一度目の死亡事故[編集]

事故のあった日の1956年6月14日、朝日新聞夕刊3面が報じたところによると、同日午前7時半ごろ、井の頭自然文化園で園内の見回りをしていた飼育主任が、はな子のいるゾウ舎と観覧場所を隔てる深さ約2メートルの空堀に、死亡してる男性を発見した。見回りの際にゾウ舎の入口の鍵がはずれて開いているのを見つけ、不審に思った飼育主任がゾウ舎に入ってみたところ、内部にはシャツや手提げかばんなどが散らばっており、空堀に落ちて死亡していた男性が身に付けている衣服も、激しく引き裂かれた状態になっていた[7]

捜査にあたった警視庁武蔵野警察署が行った検視の結果によれば、男性の胸部にはゾウの足によって踏まれた跡がくっきり残っており、肋骨は原型を留めぬほど折れていたという。同署はゾウ舎に侵入した男性がはな子に踏み殺されたものと断定した[7]

同署の発表で、死亡した男性の身元は同園の近くに住む44歳の機械工具外交員とされ、男性の妻の話によると男性には妻との間に5人の子供がいて、ほぼ毎週日曜日には同園に足を運ぶほどの動物好きであったという。ところが同署の調べで、男性は夜中に幾度となく同園の飼育小屋に忍び込んでは、いたずらをして取り押さえられた前歴があることが判明しており、男性が性懲りもなくゾウ舎への侵入を企てた結果、このような事故が起きたのも閉園時間内であることから、同署は同園側に落ち度はないという見方を示した[7]

男性は事故前日の夕方に都内港区にある勤務先を出たあと帰宅しておらず、事故当日の午前5時ごろ、無断で立ち入った園内をうろついている男性の姿が、敷地内の職員住宅に住む職員の家族によって目撃されていた[7]

朝日新聞の取材に対し、はな子のことをよく知る上野動物園の飼育課長は、「今まで人に害を加えたことはなく、いろいろな芸を覚えてみんなから親しまれていた。こんどの事故は被害者が何かの拍子で怒らせたのではないだろうか。」と話した。また、井の頭自然文化園の園長によると当時のはな子の飼育状況は、閉園の午後5時より先に午後4時半ごろには15坪のゾウ舎に入り、開園の午前9時ごろ30坪の運動場に出るのが日課となっており、移動させる時を除いては常に直径6分(約18ミリ)の鎖につながれていた。このことより同園長は、「よほど象に近寄ったのではないだろうか。」と指摘し、男性について、「これまでもニ、三回開園前に入ったことがあり、警察で調べられたこともある。」と話した[7]

参考文献[編集]

  • 山川宏治 『父が愛したゾウのはな子』 現代書林、2006年9月14日ISBN 9784774506951

関連書籍[編集]

映像作品[編集]

メモリアル[編集]

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i “ゾウ:国内最高齢「はな子」死ぬ69歳 井の頭自然文化園”. 毎日新聞. (2016年5月26日). http://mainichi.jp/articles/20160526/k00/00e/040/263000c 2016年9月19日閲覧。 
  2. ^ a b “ゾウの「はな子」66歳に 国内最高齢、戦後初めて来日”. 福井新聞. (2013年1月20日). http://www.fukuishimbun.co.jp/sp/nationalnews/CO/main/664988.html 2016年9月19日閲覧。 
  3. ^ a b c d ““平和の使者”ゾウの「はな子」死ぬ 国内最高齢「日本一愛され…」”. イザ!産業経済新聞社. (2016年5月26日). http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/160526/lif16052616230011-n1.html 2016年9月19日閲覧。 
  4. ^ a b c 日本で会えるタイの象5「人気者のはな子1」”. 在京タイ王国大使館 (2009年9月9日). 2016年9月19日閲覧。
  5. ^ a b น้ำตาไหลพราก! “ฮานาโกะ” ทูตช้างไทย คงไม่มีวันกลับไทย! (タイ語). ASTVプーヂャッガーン. (2015年12月8日). http://www.manager.co.th/South/ViewNews.aspx?NewsID=9580000135417 2016年9月19日閲覧。 
  6. ^ เปิดประวัติ"ฮานาโกะ" "ช้างไทย"ดังไกลในสวนสัตว์ญี่ปุ่น (タイ語). en:Nation TV (Thailand). (2016年5月26日). http://www.nationtv.tv/main/content/lifestyle/378503131/ 2016年9月19日閲覧。 
  7. ^ a b c d e f g “象にふみ殺される 忍び込んだ中年男 井之頭の自然文化園で”. 朝日新聞(夕刊): p. 3. (1956年6月14日) 
  8. ^ ソムアン・サラサス氏(元タイ国軍事顧問)”. 草莽全国地方議員の会. 2016年9月19日閲覧。
  9. ^ 丸山ゴンザレスタイと日本の関係は誰がつくってきたのか?」『アジア親日の履歴書 : アジアが日本を尊敬する本当のワケを調べてみた』 辰巳出版2014年6月ISBN 9784777812967
  10. ^ Fans bid farewell to Japan's oldest elephant Hanako”. Kyodo News 共同通信社 (2016年5月27日). 2016年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月18日閲覧。
  11. ^ ช้างไทยในญี่ปุ่น ตอนที่ 3 (ช้างฮานาโกะ (วันดี) และช้างไทยในอดีต)” (タイ語). 在京タイ王国大使館 (2009年10月19日). 2016年9月19日閲覧。
  12. ^ Vol.59 象インディラの来日 子どもの願いにネール即決 昭和24年9月(1/2)- 昭和史再訪セレクション - 地球発”. 朝日新聞 (2009年9月19日). 2011年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月18日閲覧。
  13. ^ 井の頭自然文化園のアジアゾウ「はな子」に感謝状を贈呈します”. 三鷹市 (2012年1月31日). 2013年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月19日閲覧。
  14. ^ a b c 「はな子」お世話、今後は柵越しだゾウ 飼育事故多発で”. 朝日新聞 (2011年8月23日). 2011年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月19日閲覧。
  15. ^ a b “アジアゾウ「はな子」が人間に背を向け、壁を見ていた理由”. バズフィード. (2016年5月27日). https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/zounohanako?utm_term=.qmD35ZoODR#.ymrkP2XY0m 2016年9月19日閲覧。 
  16. ^ a b “父の生き方は象のはな子がみんな教えてくれた”. 産経新聞. (2007年2月4日). http://ironna.jp/article/3228 2016年9月19日閲覧。 
  17. ^ a b “「はな子」に幸せな余生を=騒動発端のブロガーと対話-井の頭動物園”. 時事通信社. (2016年4月3日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016040300068&g=soc 2016年9月18日閲覧。 
  18. ^ a b c “ゾウ「はな子」、死因は呼吸不全 国立科学博物館に寄贈”. 朝日新聞. (2016年5月27日). http://www.asahi.com/articles/ASJ5W61VWJ5WUTIL05Z.html 2016年9月18日閲覧。 
  19. ^ “ゾウ:「はな子」お別れ会 9月3日、井の頭自然文化園 /東京”. 毎日新聞. (2016年7月27日). http://mainichi.jp/articles/20160727/ddl/k13/040/165000c 2016年7月27日閲覧。 
  20. ^ “「はな子」が銅ゾウに 吉祥寺駅前に来年5月完成へ制作費募る”. 東京新聞. (2016年8月30日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016083002000116.html 2016年9月1日閲覧。 
  21. ^ “ゾウはな子:銅像の除幕式 東京・吉祥寺駅前広場に - 毎日新聞”. 毎日新聞. (2017年5月5日). https://mainichi.jp/articles/20170506/k00/00m/040/019000c 2017年5月16日閲覧。 
  22. ^ 2016年 - ドキュメント72時間 NHKオンライン

関連項目[編集]