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なすび (タレント)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
なすび
平成26年度人権シンポジウム(2014年)
本名 浜津 智明 (はまつ ともあき)
生年月日 (1975-08-03) 1975年8月3日(50歳)
出身地 日本の旗 日本福島県福島市
言語 日本語
コンビ名 覇王樹(サボテン)〔活動時期不明〕
相方 ルンルン金城[1]
事務所 NF.L
公式サイト https://nf-l.net/index.html
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なすび(本名:浜津 智明(はまつ ともあき)、1975年8月3日 - )は、福島県を拠点に活躍する日本タレント俳優福島市立渡利小学校福島市立蓬萊中学校福島県立福島東高等学校専修大学法学部卒業。劇団「なす我儘(がまま)」主宰、劇団丸福ボンバーズ参加中。所属事務所はNF.L。血液型はO型。

来歴

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芸名は、ナスのような30cmの長い顔に由来。家族は普通の大きさの顔であるため「両親とは血が繋がってないのではないか」と疑心暗鬼になったこともある。

かつては覇王樹(さぼてん)というお笑いコンビを組んでおり、当時は本名の「浜津智明」名義で活動していた。また、コンビ時代に「ダウンタウンのごっつええ感じ」に出演したこともある。元の所属事務所ワタナベエンターテインメント

後述する『進ぬ!電波少年』への出演(1998年1月 - 1999年4月)で一躍有名になった。『電波少年』への出演後は、憧れの存在のひとりであった渥美清を目指し、喜劇俳優としての活動を本格化させる。2002年に劇団「なす我儘(がまま)」を立ち上げ、座長を務める。以後は舞台を中心に活動。

2005年、テレビドラマ『電車男』出演をきっかけに俳優としての出演も増えている。2008年には、サウンドノベルゲーム「428 〜封鎖された渋谷で〜」において、怪しげな栄養ドリンクを売りさばこうとする実業家として登場している。2009年、テレビドラマ「仮面ライダーW」でウォッチャマン役で出演したが、漫画「風都探偵」でも酷似したキャラクターとして描かれている。

2011年統一教会が実質的に主催するものと知らずにサッカーイベント「ONE KOREA CUP in Japan」に芸能人サッカーチーム「ザ・ミイラ」のメンバーとして出演し、後日批判を浴びた[2]

2011年3月に発生した東日本大震災で地元福島県が被災したのを機に被災地の復興支援にも精力的に取り組んでいる。熊本地震(2016年)や西日本豪雨(2018年)、能登半島地震(2024年)などのボランティア活動に参加している[3]

2023年9月、「懸賞生活」時代を中心になすびを追ったドキュメンタリー映画『ザ・コンテスタント英語版』が英国で制作され、カナダの第48回トロント国際映画祭で上映された[4]。本作についてレビュー集計サイト Rotten Tomatoes では、レビュアーの92%が肯定的に評価し、「鬼畜のごとき残酷さについて徹底的に描き出した本作は、人間のふるまいというものについて深く考えさせられる、いくつもの問いを提起している」と総評されている[5]。日本では未公開だった。

2024年3月25日、福島県会津美里町観光大使に任命される[6]。能登半島地震の災害ボランティアをした縁で、2024年8月8日に石川県観光大使に就任[7]

人物

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  • 趣味はお菓子作り。父は元福島県警の警察官であり、自身も俳優になれなかったら警察官を目指そうと考えていた。
  • サッカーの元日本代表の高原直泰とは親友で、一緒にテレビゲームなどをする仲だった。本人達曰く「無理せず気も使わずずっと一緒に居れる」と語る。

懸賞生活

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日本テレビ系列で放映されていたバラエティー番組『進ぬ!電波少年』で開催された「運だけが頼りの企画」のオーディションでくじ引きを当て合格。「人は懸賞だけで生活をしていけるか」をテーマに掲げて放送された「電波少年的懸賞生活」のチャレンジャーとなった。アパートの一室に監禁され、文字通り裸一貫からスタートして、様々な懸賞に応募。日本と韓国を舞台に1998年から1999年の1年3ヶ月にわたってそれぞれの目標商品総額(日本では100万、韓国では日本までの片道飛行機代の81万6000ウォン)をクリアした[注 1]

懸賞生活をテレビ放映していた事は本人には知らされておらず、本人の知らぬ間に有名人になっていた。懸賞生活中にテレビを当てたものの、ケーブルやアンテナがなくテレビ番組を見ることができなかったためである。

懸賞生活の日々を綴った書籍『懸賞日記』も出版され、ベストセラーとなった。また、「世界で最も長く懸賞生活を続けた人」としてギネスブックにも掲載された[8]。その企画終了後に行われた記者会見で、「また同じような企画があったらやってみたいですか?」との質問に「懸賞生活につきましては、もう金輪際二度とやりたくありません」と答えている。懸賞生活終了後は、有名にはなったものの「自分のやりたいことと世間のイメージとのギャップに悩んだ」とも語っている。懸賞生活開始当時は専修大学法学部の4年生だったが、企画参加のために、出席日数が不足したため、留年せざるを得なくなった。しかし、担当教授がたまたまテレビでなすびの懸賞生活を目にし、学籍を維持してくれたため、企画終了後に通学を再開して卒業した[9]。その懸賞生活の開始から終了まで髪・髭・爪が伸び続けていたが、爪は1998年7月に当たった裁縫セットのハサミで切っている。

第二日本テレビの企画で、小島よしおが「電波少年的懸賞生活2009」に挑んだときに[10]ドロンズ有吉弘行(元・猿岩石)など『電波少年』に出演したタレントが出演し、プロデューサーの土屋敏男と当時の裏話で盛り上がったが、なすびは出演せず、土屋によると「出演依頼をしたが『今は土屋さんと会う気になれない』と拒否された」と語っている[注 2]

「電波少年」での1年3ヶ月の経験は、現在の活動にも強く影響を与えており、「精神力が鍛えられて、タフになりました。底が深くなったと思います。あの時はずっと一人でいて、同じ作業の繰り返しがつらかった。あの時の苦労を思えば、何でもできます。番組が終わって、精神的におかしくなった時期があって。何度も死のうと思いました。そんなこともあり、『やりたいことをやらなければ損』と思うようになりました。今は、やりたいことをやっています。舞台中心に役者活動ができていますし、幸福を追求しています」等と述べている。

2020年新型コロナウイルスの感染拡大を受けた外出自粛ムードの中で、1年3ヶ月の懸賞生活で培った内容をツイートし[11]、反響を呼んだ[12]

エベレスト挑戦

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1度目の挑戦
2013年東日本大震災で被災した故郷・福島県の復活と再生を祈願しエベレスト登山を実行。当時も福島は風評被害に苦しんでおり、なすび自身も支援の方法を模索していた。売名行為など批判を受け理解を得られない中、借金をし登頂費用を工面すると共に、国内外で冬山登山と高度順応訓練を開始する。国際山岳ガイドの近藤謙司が率いる公募隊と合流すべくネパールへ到着。通常エベレスト登山者は首都カトマンズからベースキャンプ麓のルクラまで航路移動するところ、本気であることの表明でとして、なすびはシェルパたちと共に陸路を進んだ。これはネパール地震の帰路以外すべて実行された。
なすびは90リットルのザックを背負って、通常1週間かかる麓までの行程を3日でこなした。
5月20日に登頂への最終アタックを行うも、山頂から高度約100メートル下の8700メートルの南峰までたどりついたところで問題が発覚し、「登っていくスピードが足りなかったために、酸素がもたないとわかった」ことから無念の撤退となり、エベレスト登頂はならなかった[13]
2度目の挑戦
2014年にも募金で数百万円を集めエベレストに再挑戦する。懸賞生活のプロデューサー土屋氏が応援し、終了日に奇跡的に目標金額が集まりネパールへ渡航が叶う。しかし大規模な雪崩発生によりシェルパが登山をボイコットしたため、登頂を断念することになった。
3度目の挑戦
2015年に再び募金で数百万円集め、みたびエベレストに挑むが、4月25日に発生したネパール大地震と、それに伴うベースキャンプで起きた氷河崩落事故の影響で断念[14][15]。直後他国の登山隊が続々と帰国の途に就く中、国際山岳ガイドの近藤謙司が率いる日本人の所属する登山隊と共に、ベースキャンプで救助活動を行う。その後もエベレスト街道を自力移動し宿泊することで支援をしつつ瓦礫撤去など災害救助活動を人力で行う。現地支援のための「しゃくなげ基金」も立ち上げ、日本で集めた資金を手づから渡しに渡航していた。
4度目の挑戦
2016年5月19日、4度目の挑戦にして遂に登頂に成功した[16]
このエベレスト登頂成功が話題になり、その後多くのテレビ番組に出演した際、必然的に懸賞生活を引き合いに出され、その際なすびは「『もう一度懸賞生活やってくれ』と言われたら『それなら僕はエベレストに100回登ります』と答えます」と語っている[17][18]

その後

山の日アンバサダー、安達太良山観光大使を務める。また各地山開きにも参加している。2016年に田部井淳子の最後の富士登山となった「東北の高校生の富士登山」へ参加、その後毎年支援と応援スタッフとしての参加を続けている。

出演

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テレビドラマ

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バラエティ

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ラジオ

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ドキュメンタリー

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  • 報道の魂「なすび、残された100メートル〜ふるさと・福島を応援するということ〜」(2014年3月16日、TBS)
  • This American Life英語版529: Human Spectacle」(2014年6月27日、WBEZ シカゴ公共ラジオ)
  • JNN報道特別番組「Nスタ3.11震災5年 記憶を未来に伝える力」(2016年3月11日、TBS) - 福島県南相馬市から中継出演

CM

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  • うまかっちゃんハウス食品) - このCMは「電波少年的懸賞生活」でなすびが日本でのゴールをした時にご褒美として食べていたラーメンがハウス食品の製品であったため、この時の映像とタイアップされたものである。
  • 超ひもQ明治

映画

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ネットムービー

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ゲーム作品

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DVD

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  • 電波少年 BEST OF BEST 雷波もね!(電波少年的懸賞生活、2010年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.1 DVD(2008年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.2 DVD(2009年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> Vol.3 DVD(2010年)
  • 声優グランプリ公認!声優界<雀王>決定戦! <J-1グランプリ> TheFinal DVD(2012年)

書籍

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  • 懸賞日記(壱)(1998年3月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820396888
  • 懸賞日記(弐)(1998年6月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820396932
  • 懸賞日記(参)(1998年9月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820397014
  • 懸賞日記(四)(1998年12月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820397113
  • 懸賞日記in KOREA(第一巻)(1999年3月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820397205
  • 懸賞日記in KOREA(第二巻)(1999年4月、日本テレビ放送網、ISBN 978-4820397236

舞台

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脚注

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注釈

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  1. 韓国に行くきっかけになったのは日記に「焼肉が食べたい」と言ったためであり、韓国で骨付きカルビを舌鼓を打った後にアパートに連れて来られ、懸賞生活をする羽目となった。
  2. その後、土屋とは2014年10月19日放送の『SKE48 エビカルチョ!』内の企画『SKE48的懸賞生活』にて共演を果たしている。

出典

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  1. “再会”. ルンルン金城のブログ. (2019年4月16日) 2020年4月30日閲覧。
  2. 藤倉善郎 (2011年9月13日). 椎名桔平、統一協会系サッカー大会で2ゴールの大活躍”. やや日刊カルト新聞. 2022年8月19日閲覧。
  3. なすびさん、氷見でボランティア 「少しでも力になれば」”. 共同通信 (2024年2月10日). 2024年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年2月12日閲覧。
  4. 1 2 “なすびさん半生...英国で映画化 懸賞生活経験など、カナダで上映”. みんゆうNet (福島民友新聞社). (2023年9月6日) 2023年9月6日閲覧。
  5. The Contestant”. Rotten Tomatoes. Fandango Media. 2024年10月21日閲覧。
  6. 会津美里町観光大使について”. 会津美里町 (2024年3月27日). 2024年4月4日閲覧。
  7. 俳優・タレントの #なすび さんに #石川県観光大使 に就任いただきました 石川県「もっといしかわ」
  8. 『ギネスブック2001』ティム・フットマン(編)、田中孝顕(日本語版監修)、きこ書房、2001年、101頁。ISBN 4-87771-510-X
  9. “なすび エベレスト挑戦は“監禁生活”の経験があったから”. THE PAGE (ワードリーフ株式会社). (2014年6月29日). オリジナルの2014年7月7日時点におけるアーカイブ。 2020年4月17日閲覧。
  10. 電波少年的懸賞生活2009 ~一発屋芸人に二発目はあるのか?~”. 2009年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月6日閲覧。
  11. なすび [@hamatsutomoaki] (2020年4月16日). “要するに、懸賞生活を御覧になっていた皆様に告ぐ!幾ら何でも一年三ヶ月とは言いません、願わくは一ヶ月、でも流石に一般的に一ヶ月も無理としても、一週間や十日位、試しに家に閉じ籠ってみませんか?私が出来たんだから、貴方にだって出来ます!!”. X(旧Twitter)より2020年5月13日閲覧.
  12. “「懸賞生活」のなすびが外出自粛を呼びかけ ネット「ものすごい説得力」「すげぇ納得」”. イザ! (産経デジタル). (2020年4月17日) 2020年5月13日閲覧。
  13. 小泉カツミ (2017年4月24日). ““自殺も考えた”懸賞生活のなすびがエベレストに登頂するまで (4)”. 週刊女性PRIME 2017年4月24日閲覧。
  14. なすび、エベレスト登頂断念「慙愧の念に堪えない」大地震と氷河崩落事故の影響”. ZAKZAK (2015年5月8日). 2015年5月8日閲覧。
  15. 小泉カツミ (2017年4月24日). ““自殺も考えた”懸賞生活のなすびがエベレストに登頂するまで (5)”. 週刊女性PRIME 2017年4月24日閲覧。
  16. “なすび 4度目挑戦でエベレスト登頂成功「山頂です!青空!」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年5月19日) 2016年5月19日閲覧。
  17. 2016年9月15日放送『ダウンタウンDX
  18. 2016年12月8日放送『じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告〜
  19. 五百城茉央の主演ドラマ「MADDER」に武田梨奈、濱正悟、樋口幸平、山下永玖ら出演”. 映画ナタリー. ナターシャ (2025年3月13日). 2025年3月13日閲覧。
  20. 「虎に翼」土居志央梨&ハ・ヨンスが法廷バトル、野菜になった状態で”. 映画ナタリー. ナターシャ (2025年9月12日). 2025年9月12日閲覧。
  21. 株式会社テレビ東京ホールディングス (2025年11月15日). 主演濱津隆之!車中泊×グルメドラマ「絶メシロード」新シリーズ放送決定 12月18日・25日(木)”. PRTIMES. 2025年11月23日閲覧。
  22. “なすび:20年ぶり懸賞に挑戦 「電波少年」のトラウマでハガキ書く手が震え…”. まんたんウェブ (株式会社MANTAN). (2018年11月6日) 2020年4月17日閲覧。
  23. 裸でドッグフード食べ生き延びた 「懸賞生活」のなすびさん、30年後に映画で話題に”. BBC. 2024年6月22日閲覧。
  24. 第12回本公演 バカデカ”. 劇団 男魂(メンソウル) Offical Website. これまでの公演. 2021年9月9日閲覧。
  25. 羽原組が届ける舞台「フラガール'23」出演に稲村梓・中村守里・なすびら”. ステージナタリー (2023年7月18日). 2024年2月12日閲覧。
  26. 羽原大介が映画を自ら改訂、舞台「フラガール'24」に稲村梓・十河茉由・なすびら”. ステージナタリー. ナターシャ (2024年7月12日). 2024年7月13日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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