できるかな

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できるかな
ジャンル 子供向け番組
放送時間 当該項参照
放送期間 1970年4月8日 - 1990年3月9日
放送国 日本の旗 日本
制作局 NHK
出演者 ノッポさん … 高見映
ゴン太くん … 井村淳 ほか
オープニング 「できるかな」
(作詞:山元護久、作曲:岩代浩一
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できるかな』は、NHK教育テレビ1970年4月8日から1990年3月9日まで放送されていた幼稚園保育園向けの工作番組である。「ノッポさん」と「ゴン太くん」が、テレビを見ている幼児に、身近にあるものを使って工作の楽しさを教える。2008年5月現在、CSスカイパーフェクTV!ケーブルテレビファミリー劇場にて、1980年代に放送された作品のうち数作が再放送されている。

なお、ここでは前身番組『なにしてあそぼう』についても記述する。

概要[ソースを編集]

並み外れた長身にチューリップハットをかぶっている、言葉を一切話さない不思議なお兄さん「ノッポさん」(演:高見映)と、「ウゴウゴ」としか言わない着ぐるみの「ゴン太くん」の無言劇を、画面には一切姿を見せない天の声の「おしゃべり」で解説を行う工作番組。NHK教育テレビにて、1970年から20年間もの間、長らく就学前の幼稚園・保育園児や小学校低学年の児童に親しまれた児童番組である。

番組の基本的な流れは、“ノッポさんは退屈したり遊びたがっているゴン太くんのために即興で遊び道具を製作する。大抵は最初は小さな物を作り始め、番組クライマックスで段ボールガムテープで器用に大きな玩具を作り出す”というもの。

本放送終了後も、ノッポさん・ゴン太くんがNHK・民放の様々な番組に不定期に出演している(本項“番組史>放送後”参照)。最近のYahoo! JAPANによる市場調査でも、DVD化してほしいNHK番組の第1位に輝いたともされる[1]。19年間の放送分の中から、高見映と当時のスタッフが厳選した30回分を収録したDVDが2009年12月23日に発売された。

最終回では、それまで20年間「無言」を貫いたノッポさんが、最終回の終盤で「あーあ、しゃべっちゃった!」と話したことは、大きな話題になり、高見映自身、その時の心境と経緯を著書『ノッポさんがしゃべった日』に書いている。

番組史[ソースを編集]

放送中[ソースを編集]

1960年
できたできた』という子供向け造形指導番組が制作された。『なにしてあそぼう』の前身。
1966年
4月12日 - 『なにしてあそぼう』というタイトルでスタート。当初、ノッポさんの相方は「ムウくん」という赤い色をした熊の子だった。
1970年
3月28日 - 『なにしてあそぼう』最終回。これに伴って、ムウくんも降板。ムウくんは降板した3年後の1973年に、『おかあさんといっしょ』のコーナーの1つ「ヤンヤンムウくん」で再登場した。『なにしてあそぼう』の終了につき、ノッポさんも一旦降板。後述するように1年後、視聴者の悲願により復帰する。
1970年
4月8日 - 『できるかな』放送開始。1年目のみ出演者が異なっていた。当時は5人のお兄さん・お姉さんが登場。(原口剛など)
1971年
4月 - 復帰を願う子供たちの声に応える形で、ノッポさんが再登場。「ゴン太くん」との名コンビが誕生。
1974年
動けない設定だった初代ゴン太くんが、2代目である着ぐるみの姿に変更。
1989年
5月 - スタート以来、長期にわたって「おしゃべり」を担当してきたつかせのりこが直腸癌のため急逝。かずきかずみが後任となる。また、この頃から数回に渡り、後継番組となる『つくってあそぼ』(当初は『ともだちいっぱい』の一コーナー)の「わくわくさん」(久保田雅人)と熊の「ゴロリ」が登場し、ノッポさんやゴン太くんと一緒に遊ぶという光景が見られた。
1990年
3月6日 - 『できるかな』最終回。ノッポさんが最終回にして初めて言葉を発する。ノッポさんたちの後ろから後番組のわくわくさんとゴロリが登場。おしゃべりのお姉さんが「あれ?ノッポさん、後ろに誰かいますよ?ほらほら」と語りかけたのに対し、ノッポさんが第一声「ええ、知ってますよ~」と発声。お姉さんの「え?今、誰が返事したの?」という言葉に対して「え?僕!」。「ひゃあ~!」。それに続いて、「はぁ~、あーあ、喋っちゃった。今日はね、特別なんです。えーとね、長い間ね、みんなと友達でいましたけど、『できるかな』は4月から、あの『ともだちいっぱい』という新しい番組と変わります。でね、今日はその番組の出演者の紹介です(後略)」と、ノッポさんの発した言葉は、視聴者への別れの挨拶と後番組の紹介であった。こうして『できるかな』は、『なにしてあそぼう』から23年続いたその歴史にピリオドを打つ。

放送終了後[ソースを編集]

注)高見映の呼称について、特にNHKの番組で「高見のっぽ」と紹介される為、以降「高見のっぽ」で記述し、「高見映(番組内では「高見のっぽ」)で紹介」の形では記述しない。
1990年
フジテレビのバラエティ番組『クイズ!年の差なんて』にクイズ問題としてノッポさんとゴン太くんが出演。騎士に扮したゴン太君がノッポさんの守るダンボール製の城壁に攻め込むというコントを演じた。このときに出された問題は「チューリップハットをかぶったこの人の名前は何でしょう?ヒントは○○さん」だった。
1992年
8月 - NHK教育テレビの夏休みの集中企画『算数だいすき』(秋山仁がメイン出演者)に、ノッポさんが出演。この時も『できるかな』と同じく、最終回だけ声を発した。以後も『ノッポさんの工作塾』など教育テレビの夏休み企画に何度か出演する。相手役は古家貴代美が多い(2006年5月のライブパフォーマンスでも共演)。
1993年
1月 - NHK-BS2で放送された、NHKテレビ放送開始40周年記念番組BS青春テレビタイムトラベルにて、『なにしてあそぼう』が再放送される。
1997年
8月 - NHK教育テレビの夏休みの集中企画『ノッポさんのパソコンとあそぼう』に、ノッポさんが出演。このときは終始しゃべりを解禁し、優しく親しみのある声と演技力で新たなノッポさんを披露。相手役の古家貴代美と共にパソコンを使った音楽制作やお絵かきにチャレンジ。
2004年
10月 - フジテレビのバラエティ番組『トリビアの泉』で初代ゴン太くんが復活。二代目ゴン太くんとの共演および、ノッポさんとの別れと再会が描かれた。『できるかな』関連のトリビアは放映当初から人気があるため、今回初代ゴン太くんが当時の写真を基に新造され、登場した。
2005年
日本テレビのバラエティ番組『世界一受けたい授業』で、高見映が久々に「ノッポさん」としてテレビ出演。ゴン太くんこそ出演しなかったものの、久しぶりに『できるかな』がテレビ放送で再現された。
7月 - 本番組のテーマソングの替え歌トヨタ・ポルテのCM曲として使用される。
12月8日 - NHK教育テレビ天才てれびくんMAX』の生放送に、ノッポさんとゴン太くん(着ぐるみのみ)が出演。『できるかな』の秘話をクイズ形式で紹介したり、レギュラー出演者とともに工作をした。ノッポさん(高見映)は『みんなのうた』(グラスホッパー物語)でもおなじみのタップダンスを生で披露した。
2006年
2月25日 - NHK教育テレビ『親と子のTVスクール』にノッポさんとゴン太くん(パネルのみ)が出演。この時には久しぶりにノッポさんが工作を行った。
4月30日(暦日上は5月1日) - NHK総合テレビNHKアーカイブス』において、『できるかな』1988年4月26日放送回「こどもの日」と『なにしてあそぼう』の1シーン(NHKが現在所有する唯一の映像ファイル「箱であそぼう」の回から)、および『できるかな』最終回の1シーン(ノッポさんが喋ったシーン)が放送された。
5月2日 - NHK『クイズ日本の顔』で、ノッポさんとゴン太くんが出演。
5月5日 - NHK『こどもの日sp'06』において、ノッポさんが『グラスホッパー物語』を、ゴン太くんやバッタに扮した子供達と共に、NHK前広場でライブパフォーマンス。
6月20日 - NHK総合テレビ『スタジオパークからこんにちは』に高見のっぽがゲスト出演した。なお、番組後半にはゴン太くんも出演したほか、1990年3月6日放送の『できるかな』の一部も放送した。
12月29日 - コミックマーケット企業ブースにて、ノッポさんとゴン太くんが出演。前述『グラスホッパー物語』の宣伝を兼ねてミニアトラクションを行った。またこの時、12月31日の『NHK紅白歌合戦』へのスペシャルゲストとしての出演も公表した。
2007年
3月1日 - NHK総合テレビ『ニュースウオッチ9』において、NHK放送文化賞受賞者関連のニュースを放送。この賞に高見のっぽが受賞した。後日の放送(放送日不詳)では、『できるかな』のごく一部が放送された。
8月7日 - NHKテレビ『サラリーマンNEO』の1コーナーに、ノッポさんとゴン太くんが出演。番組レギュラーである生瀬勝久と絡んだコントを行う。
10月21日 - 『NHKアーカイブス』にて、『なにしてあそぼう』再放送。
2008年
1月 - NHK教育テレビの50周年記念番組にて、その他過去のキャラクターとともに、ノッポさんとゴン太くんが出演した。
2009年
1月6日 - 『ETV50 もう一度見たい教育テレビ「初めて出会うテレビ〜子ども番組〜」』(NHK教育テレビ)にノッポさんが出演。『できるかな』以外にも『おじさん おはなししてよ』や『ブーフーウー』についても語った。
1月10日 - 『あつまれ!キッズソング50〜スプー・ワンワン 宇宙の旅〜』(NHK教育テレビ)で、ノッポさんとゴン太くんが出演した。原則無口であったが、番組内で一度だけ、スプー、ワンワンにお礼の言葉をかけられた際に「どういたしまして。私も歌、大好きですから」と喋る。スプー、ワンワンはこれに対して「喋った…」と驚いた。
5月8日 - 教育テレビ50周年記念企画として、『できるかな』最終回が再放送される(12月31日(15:41~16:00)にも再々放送)。
2013年 2013年はテレビ放送開始60年である事から、特別番組などで過去の内容の一部が放送される。
1月31日 - 総合テレビ『あなたが主役 50ボイス』「テレビ60年ボイス」では、放送日不詳だが、「本編」の一部が流れ、78歳になった高見のっぽとゴン太くんが出演した。
2月1日 - 総合テレビ『テレビのチカラ「あの人が選ぶ“忘れられない名番組”」』(テレビ放送開始60周年記念番組)でも、放送日不詳だが、「本編」の一部が流れ、高見のっぽとゴン太くんが出演した。

出演者[ソースを編集]

  • ノッポさん高見映
    チューリップハットとそこから覗くもじゃもじゃの髪の毛、長い足にパンタロン・ズボン吊りがトレードマークのパントマイマー。タップダンスが得意である。番組中一貫して一言も喋らずにいることがある種のトレードマークであったが、最終回にだけ声を出し、番組を見ていた幼児たちを驚かせた。
    しかし、時期は不明だが工作中において小声を微かに発していたのをマイクで拾われている回がある(おそらく、最終回のうっかりと異なり本当にうっかりして出たものとみられる)。
    『なにしてあそぼう』の頃は髪が短く、ハンチングを被り、赤いオーバーオールを穿いていた。
    放送終了後も根強い人気を誇り、フジテレビのバラエティ番組『トリビアの泉』でも2回ほどゲスト出演している(いずれも高見が演じた)。
    ノッポさんの由来は、演じた高見が身長181cmとかなり背が高かったところにちなんでいる。
    被っているチューリップハットは放映時期によって色が異なり、緑と薄い茶色の2種類がある。近年の登場では緑のチューリップハットを被る事が多い。
    なお、本番組放送終了以降、NHKの番組(テレビ・ラジオ問わず)に出演する場合は、「高見のっぽ」として紹介されている。
  • ムウくん松島みのり堀絢子
    『なにしてあそぼう』の中で、ノッポさんの当初の相方として登場していた熊の男の子。『なにしてあそぼう』終了とともに降板。その後、1973年 - 1975年、『おかあさんといっしょ』内の「ヤンヤンムウくん」という番組で自らが主役となり、2度目の勤めを果たした。
  • ゴン太くん … 操演 - 井村淳(2013年11月21日死去、満81歳、日本人形劇人協会 常任理事)
    人でもなく、動物でもない不思議なキャラクター。初代は放映3年目まで登場。2代目のような毛は無く、洗面器(実は西ドイツ製ベビーバス)をかぶったような風貌であった。動けない設計だったため、ノッポさんと共に工作ができるよう2代目の姿に変わった。
    大きな赤い鼻に、茶色で寸胴短足・眠たげな大きな瞳と、黄色の麦藁帽子(緑色のリボンが巻かれている)がトレードマーク。おにぎりが大好物で、ピーマンが苦手。最終回では、後任のゴロリにおにぎりを渡していた。
    特徴となる「ウゴウゴ」という声は、クイーカという楽器の内部の棒を濡れた布で擦る時に出る音である。「ゴン太」は大阪でいう「やんちゃ坊主」の意。
    初代ゴン太くんの人形は、廃棄されたため現存しない(ただし、フジテレビ『トリビアの泉』でこのことが取り上げられた際、復元されたことがある)。2代目の着ぐるみは、東京都小平市にある白梅学園短期大学の造形室に保管されている。
  • おしゃべり(ナレーター) … つかせのりこかずきかずみ
    視聴者に対する解説にとどまらず、2人の行動に対し突っ込みを入れることも多々ある。その名調子ぶりで子供達を楽しませた。
    なお、ライブパフォーマンスを含む各種イベントにノッポさんの相方「キミちゃん」として出演している古家貴代美が、『サラリーマンNEO』のコントでもおしゃべりを担当した。

その他[ソースを編集]

  • 後年、ノッポさんを演じた高見映が語った所によれば、彼は実は不器用なため、毎回スタッフが「後は所定の位置にガムテープを貼るだけ」な状態まで準備してくれたことも多かったという。しかしながら、軽やかなステップと表情豊かな演技は、多くの子供等の関心を呼んでいたといえよう。
  • 高見映の著書『のっぽさんがしゃべった日』によると、最終回にのっぽさんがしゃべるかどうかについてスタッフ間で議論があったが、高見の希望で挨拶をすることに決まったとのこと。
  • 2006年4月30日深夜(5月1日未明)にはNHK総合テレビNHKアーカイブス』で1988年4月26日放送分の『できるかな』が、2007年10月21日深夜には1967年12月3日放送分の『なにしてあそぼう』(NHKアーカイブスが唯一現在まで保存している回)が放送された。『なにしてあそぼう』は、1993年にもNHK BS-2で放送されたことがあり、それ以来の再放送となる。
  • 番組放送中の取材記事はほとんど存在しないが、アニメ雑誌月刊アウト1987年12月号で、「みてるかな? できるかな」と題する番組出演者と主要スタッフのインタビュー記事が7ページに渡って組まれており、当時の番組制作サイドの生の姿を垣間見ることができる。
  • NHKの番組紹介でも、高見映へのインタビューや番組製作の舞台裏の紹介がなされたことがある。このときは高見の生の声を聞くことができた。
  • ゴン太くんの初代と2代目の競演は、番組内では果たされなかったが、2004年にフジテレビの『トリビアの泉』で初代の存在が紹介された際、30年越しの競演が行われた。
  • 2013年2月2日深夜(2月3日未明)に日本テレビ系列で放送された「日本テレビ開局60年 特別番組『TV60 日テレ×NHK 60番勝負』」では、NHKから本番組のゴン太くんとはいだしょうこ(番組内では「しょうこおねえさん」と表示・おかあさんといっしょ)、はに丸王子(おーい!はに丸)が、汐留の日本テレビ局舎内を探検した。[2]
  • 2013年11月21日 ゴン太くんを操演していた井村淳が敗血症のため死去。享年81。11月中旬から体調不良により入院していた。[3]

主題歌[ソースを編集]

初代(1970年4月 - 1983年3月)
作詞 - 山元護久 / 作曲・編曲 - 岩代浩一 / 歌 - 由起真、ザ・チャープス
二代目(1983年4月 - 1988年3月)
作詞 - 山元護久 / 作曲 - 岩代浩一 / 編曲 - 小六禮次郎 / 歌 - 沙麗人
三代目(1988年4月 - 1990年3月)
作詞 - 山元護久 / 作曲 - 岩代浩一 / 編曲 - 小六禮次郎 / 歌 - みちるピーカ・ブー

スタッフ[ソースを編集]

作 - 蓬莱泰三、山元護久 ほか
音楽 - 小六禮次郎、岩代浩一ほか
造形指導 - 枝常弘、加藤晃、ヒダ・オサム、八木紘一郎
工作 - 石崎友紀、柳英克、梅谷育代、大橋みちる
制作・著作 - NHK

放送時間[ソースを編集]

いずれも教育テレビ、日本時間

年度 本放送 再放送
1967 - 1968 火曜日 10:40 - 11:00(20分) 水曜日 09:40 - 10:00(20分) 木曜日 14:40 - 15:00(20分)
1969 - 1971 火曜日 10:30 - 10:45(15分) 水曜日 09:00 - 09:15(15分) 木曜日 14:40 - 14:55(15分)
1972 - 1979 水曜日 09:15 - 09:30(15分)
1980 - 1981 木曜日 15:20 - 15:35(15分)
1982 - 1984 木曜日 15:15 - 15:30(15分)
1985 - 1989 木曜日 15:00 - 15:15(15分)

いずれも教育テレビ

就学前の幼児を対象とした番組にもかかわらず、小学生からも支持を受けた。これは本放送当時に、放課後となる午後2時 - 4時の間にも再放送されていたことが影響している。

パロディーなど[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ ソフト化では過去に、VHSビデオCDとして発売されている。
  2. ^ 同番組では、日テレからスッキリ!!阿部祐二リポーターが、渋谷NHK放送センター局舎内を探検した。
  3. ^ 「できるかな」ゴン太くんの“中の人”井村淳さんが死去

外部リンク[ソースを編集]

NHK教育テレビ 幼稚園・保育所の時間 工作系番組(1990年度以前)
前番組 番組名 次番組
なにしてあそぼう

できるかな