つがる型巡視船

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つがる型巡視船
PLH-07「せっつ」
PLH-07「せっつ」
基本情報
艦種 ヘリコプター1機搭載型PLH
運用者  海上保安庁
就役期間 1979年 - 現在
前級 そうや (PLH 01)
要目
常備排水量 3,652トン (つがる)
3,766トン (りゅうきゅう)
満載排水量 4,037トン
総トン数 3,221トン (旧)
全長 105.4 m
水線長 100.0 m
最大幅 14.60 m
深さ 8.0 m
吃水 4.75 m
主機 ディーゼルエンジン×2基
推進器 スクリュープロペラ×2軸
バウスラスター×1基
出力 15,600馬力
速力 23 ノット (43 km/h)
航続距離 6,000 海里 (11,000 km)
乗員 71人(「ざおう」以降は69人)
兵装 #装備を参照
搭載機 S-76D救難ヘリコプター×1機
その他 改装前の数値であり改装後の数値は非公表
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つがる型巡視船(つがるがたじゅんしせん、英語: Tsugaru-class patrol vessel)は、海上保安庁の巡視船の船級。分類上はPLH(Patrol vessel Large with Helicopter)、公称船型はヘリコプター1機搭載型[1]

来歴[編集]

新海洋秩序の確立を目指して1973年に開幕した第三次国連海洋法会議を通じて、沿岸から200カイリ以内に所在する資源の管轄権を認める排他的経済水域の概念が提唱された。1974年の同会議第2会期において排他的経済水域概念は会議参加国間でほぼコンセンサス形成に成功し、海洋法条約第5部(第55条~第75条)に排他的経済水域制度に関する規定が設けられるにいたった[2]。日本では元々、海洋資源活用の観点から、領海は3海里とするよう主張してきたが、この趨勢を受けて姿勢を転換し、1977年領海法および漁業水域に関する暫定措置法を施行、領海が沿岸から12海里に拡張されるとともに、200海里の漁業水域が設定された[3]

これによって、海上保安庁の警備すべき面積は、領海だけでも4倍、漁業水域も含めると50倍に拡大した。このような広域を監視するには、既存の巡視船や陸上機の航続力は不足であり、かといって大型の巡視船を建造したとしても「重量の増加→速力の低下→さらに強力なエンジンの搭載→燃料搭載量の増加→さらなる重量の増加」という悪循環に陥ることが懸念された[4]。また、最高速度が20ノットに満たない大型巡視船では、外洋での救難信号受信後に急行したとしてもかなりの時間がかかることが懸念された。一方、ヘリコプターであれば、その速度を100ノットだとしても、巡航速度は巡視船の2倍、上空からの視界で捜索能力は10倍になると見積もられた[4]。このことから海上保安庁では、まず昭和52年度計画で「宗谷」の代船として「そうや」を建造したのち、同年度補正計画より、本型の建造が開始された[3]

設計[編集]

「そうや」をタイプシップとして建造されたため、外見は同船に類似しており、長船首楼型という船型も同様である。船質は鋼、構造様式は、上甲板および船首楼甲板を除き横肋骨方式である。タイプシップとの最大の違いは、「そうや」が砕氷能力を有するのに対して、これをもたない点である。ただし、北方配備を考慮して船体の耐氷構造と防滴塗装は維持された。高速航行を維持するために水線長を10メートル延長して幅を1メートル狭くし[3]、吃水も40センチ小さくなった。また船尾形状もトランサム・スターンとされた[5]。このため、全長の差は7メートルにとどまっている[6]

1979年から2001年までの長きに渡って建造が続いたため、各船ごとに設計・艤装に若干の差異があり、総トン数はほぼ全船でわずかずつ異なっている[6]。昭和55年度計画の4番船「ざおう」以降では船首シアを0.5メートルから1.0メートルに増して耐航性の向上を図り、昭和62年度補正計画の7番船「えちご」ではみずほ型巡視船で得られた思想・技術も反映された改正型。下記のように機関部が改正されたほか、指揮機能の強化によって重心が上昇したことから、これを補うため、船首楼甲板や舷側外板への高張力鋼使用など、様々な重量軽減策が講じられている。また風洞実験の結果を踏まえて、ヘリコプター格納庫の外形も改正された[5]

そして計画年度が開いた平成9年度の8番船「りゅうきゅう」では船体線図が新たに描き起こされた事実上の新型であり[1]、アメリカ海軍協会(USNI)では別クラスとして扱っている[7]。造波抵抗軽減のため船首部はバルバス・バウとし、また漂泊時の波浪衝撃緩和のため、船尾形状もクルーザー・スターンに変更されたほか、舷縁をふくらませることで、従来はヘリコプター甲板が舷側から若干張りだしていたものが、船体と一体の形状とされた。またC4ISR能力強化などによる重心上昇を補うための重心降下策として、下記のようにARTが移設されたほか、ヘリコプター格納庫や煙突をアルミニウム合金製とした。各種施策による船体抵抗の低減によって速力は0.5ノット増加したほか、下記のバウスラスター強化などもあり、その他の操縦性能も優れたものとなった[8]

本型のように小型の船型で航空運用能力を確保するため、減揺装置として、減揺タンク(ART)に加え、フィンスタビライザーを2組装備した。この組み合わせは「そうや」と同じであるが、同船が氷海での航行を考慮して引込式になっているのに対し、本型では固定式になっている[3]。また「りゅうきゅう」以降は減揺タンクを船体内に移設したほか、フィンスタビライザーも1組とされた[5]

主機関は、当初はそうやと同じ、4サイクルV型12気筒ディーゼルエンジンであるSEMT ピルスティク社製12PC2-5V型(7,800ps)を両舷2軸に各1基ずつ配していた。また7番船「えちご」以降では同社製12PC2-6V(8,000ps)に強化するとともに、スクリュープロペラもスキュード・タイプに変更された。これらの主機関は、石川島播磨日本鋼管新潟鐵工所によりライセンス生産された[9]。なお昭和57年度計画の「せっつ」以降は操舵室に機関室機器を制御監視する区画を設けており、従来の機関操縦室は機関管理室に変更された[3]

なお操船性能向上のため、推力6トンのバウスラスターが装備された。りゅうきゅう型では8トンに強化されたほか、更にシリング・ラダーも採用されて操船性能の向上を図っている[5]

装備[編集]

C4ISR[編集]

上記のように、本型は順次に設計変更しつつ建造されたが、これはOIC(Operation Information Center)室についても同様であった。「つがる」から「ざおう」までは「そうや」の思想がおおむね踏襲されていた。「ちくぜん」では、ヘリコプターが撮影した映像をリアルタイムで巡視船で受信できるヘリテレ装置が搭載されるなど指揮機能が向上しており、これを反映して、OIC室の面積は16平方メートルに拡張された(「そうや」では10平方メートル)。続く「せっつ」では、操船判断のための情報を1ヶ所に集約して操船指揮を迅速化するというコンセプトから、上記のように機関操縦機能が操舵室に移動したほか、航空管制室がOIC室に統合されており、OIC室の面積は更に33平方メートルに拡張された[5]

「えちご」では、「せっつ」での集約化の試みを更に一歩進めて、操舵室・OIC室・航空管制室が1つの区画とされた。これにより、操船業務と指揮業務、航空業務の連携が飛躍的に効率化された。また高度集約型操船装置(IBS)として、モニター・制御部を1つのコンソールにまとめて操船業務の効率化を図るとともに、操舵室の前方中央部を前方に張りだして、コンソールはここに配置された[5]

そしてりゅうきゅう型では、更に上記のART移設によって捻出されたスペースに通信室を移設することで、航海・機関・航空・通信の全部署を航海船橋甲板に集約した。各セクションは原則としてオープン・スペースとされており[5]、総合配置型と称される[10]。またOIC室に設けられた大型モニターには、ヘリコプターからの画像情報も含めた全船内情報が集約できるようになった。更に就役後、ヘリコプターが撮影した画像情報をリアルタイムで巡視船から陸上に転送する船テレ装置も搭載された[5]

兵装[編集]

「せっつ」搭載のエリコン 35mm単装機銃

ネームシップでは、当時標準的だったボフォース 60口径40mm単装機銃エリコン20mm単装機銃を船体前方に各1門、単装マウントに配して搭載していた。続く2番船「おおすみ」では、20mm単装機銃用のプラットフォームは確保されていたものの、実際の装備は行われず、兵装は60口径40mm単装機銃のみであった[11]

昭和53年度補正計画の3番船「うらが」では、主兵装は、省力化され強力なエリコン 35mm単装機銃が搭載された。後日、1・2番船についてもボフォース 60口径40mm単装機銃から換装されている。なお20mm単装機銃用のプラットフォームを確保したものの、実際の装備は行わなかった点では「おおすみ」と同様であった[11]。昭和55年度計画の「ざおう」では、従来エリコン20mm単装機銃用として確保されていたスペースに、機側操作のJM61-M 20mm多銃身機銃を搭載した。これは昭和54年度計画の500トン型PM(てしお型)で装備化されたものであった[12]

平成9年度計画の「りゅうきゅう」では、20mm多銃身機銃が遠隔操作式のJM61-RFSとなった。これは暗視装置を兼ねた光学FCS(RFS)と連動しており、平成元年度補正計画で建造された「しきしま」で搭載されたものを標準的な装備に加えたものであった[12][13]

搭載艇[編集]

当初は、右舷のダビットに作業艇、左舷にクレーンで揚降する高速警備救難艇という構成が一般的であったが、「うらが」より、高速警備救難艇にもミランダ式ダビットが用いられるようになった。また「ちくぜん」より救命艇2隻、りゅうきゅう型では更に複合艇と警備艇が1隻ずつ追加された[6]

航空艤装[編集]

「せっつ」のヘリコプター格納庫

上部構造物後半部はヘリコプター格納庫とされ、船尾甲板はヘリコプター甲板とされており、S-76中型ヘリコプター1機を搭載・運用することができる。当初に配備されたベル 212は、当時S-58の後継として配備が始まっていた中型ヘリで、ウインチを用いてホバリングしながらの患者・遭難者の収容が可能であった。りゅうきゅう型では、格納庫はベル 412およびS-76Cの収容に、ヘリコプター甲板はシュペルピューマの発着にも対応して強化された[10]。またベル212の老朽化に伴って、搭載機は順次にシコルスキーS-76C/Dへと移行していくことになり、これにあわせて、延命工事ないし定期整備の際に、レールの延長や格納庫内のレイアウトを変更する改修工事が施された。最後まで残っていた「ざおう」搭載のMH-930号機も2015年12月にリタイアして、全船の搭載機がシコルスキーS-76C/Dに移行した[14]

なお格納庫とヘリコプター甲板とのヘリコプターの移動には、「そうや」と同様、格納庫内に引き込み用、船尾甲板に引き出し用ウインチを設置したが、ウインチとヘリコプターの間のロープが長くなり、横流れしやすいために人力で制動する必要があるという問題があった。このことから、昭和56年度計画の「ちくぜん」では、新開発のヘリコプター移動装置が搭載された。これは発着スポットから格納庫までレールを埋め込んでおき、その上を走る牽引台車によってヘリコプターを格納庫まで引っ張って移動させるものであり、横振れをほぼ無くすことができた。また「りゅうきゅう」以降では、更に改良を加えて、レールをヘリコプター甲板後方まで延長し、ヘリコプターの前後に台車を配置することで、引き込みだけでなく引き出しも1台のウインチで行えるようになった[5]

運用[編集]

舞鶴西港に接岸中のPLH-10「だいせん」(2015年7月12日撮影)

1番船「つがる」は1979年に配属された。 現在、つがる型は、しきしま型を配備する第三管区、みずほ型を配備する第四と第七管区、瀬戸内海を担当する第六管区を除く各管区の海上保安部に配備されており、第十一管区には3隻配備されている。4番船の「ざおう」は配属先の塩釜海上保安部(現在の宮城海上保安部)付近に金華山海峡以外に海峡・島嶼が無く、仮に「きんかさん」または「きんか」と命名しても「金隠し」などと揶揄される可能性があったため、巡視船の命名基準で小型巡視船に用いられていた山の名前から「ざおう」と名づけられた[4]

1999年に発生した北朝鮮による能登半島沖不審船事件においては、PLH06「ちくぜん」(現「おきなわ」)が出動。ヘリ搭載という利点を生かし、洋上で特殊警備隊(SST)が乗船した。また、20ミリ機関砲による警告射撃も行っている。2001年の九州南西海域工作船事件においてはPLH04「はやと」(現「うるま」)が派遣され、後方指揮を担った。

2009年7月3日、和歌山県白浜町の南西約29キロの紀伊水道で、神戸海上保安部所属の巡視船「せっつ」が前部甲板にある35ミリ機関砲の射撃訓練を行ったところ、衝撃で砲身が吹き飛んで海中に落下した[15]。乗組員約40人にけがはなかった。神戸海上保安部の発表によると、せっつは20ミリ機関砲の訓練を終え、35ミリ機関砲を右舷に向け1発発射した直後、砲身が外れたという。砲身は、ねじって砲にはめ込む仕組みになっており、常時取り付けられている。訓練前の点検でも異状はなかったという[15]

初期の建造船はすでに船齢30年を超えているが、昨今の緊縮財政化では新造船による代替は困難である。そこで順次改修をおこなって耐用年数を15年延長する計画が進められている。平成22年度補正予算でPLH03「おおすみ」の延命・機能向上工事費が認められ、平成24年7月に工事が完了し任務に復帰した。この工事により、赤外線捜索監視装置、遠隔監視採証装置、会議室、ヘリコプター引き込み装置が新設され、艦橋運用司令室区画が拡張、調理室がリニューアル、ダビットとヘリ格納庫照明が改善され、揚錨機、発電機、配電盤、空調、糧食冷凍装置、居住区の内張りと照明、主機関部品が取り替えられ、船体塗装も塗り替えられた[16]。平成24年度補正予算ではPLH04「はやと」(現「うるま」)の、25年度補正予算ではPLH02「つがる」の、26年度予算ではPLH06「おきなわ」の延命・機能向上工事費が認められており工事が行われる。
2015年9月からジャパンマリンユナイテッド因島工場にてPLH02つがるの延命・機能向上工事がおこなわれ、2016年2月28日に工事が完了した。

同型船[編集]

計画年度 番号 船名 船名由来 建造所 起工 進水 竣工・転属 配属 退役
昭和52年度補正 PLH-02 つがる 津軽海峡 石川島播磨 1978年4月18日 1978年12月6日 1979年4月17日 函館(第一管区)
昭和53年度 PLH-03 おおすみ 大隅半島 三井造船玉野造船 1978年9月1日 1979年6月1日 1979年10月18日 鹿児島(第十管区)
昭和53年度補正 PLH-04 うらが 浦賀水道 日立造船舞鶴工場 1979年3月14日 1979年10月12日 1980年3月5日 横浜(第三管区) 「はやと」として転属
はやと 隼人 1997年3月24日 鹿児島(第十管区) 「うるま」として転属
うるま 沖縄の雅名 2014年6月30日 那覇(第十一管区)
昭和55年度 PLH-05 ざおう 蔵王連峰 三菱重工長崎造船 1980年10月23日 1981年10月29日 1983年3月19日 宮城(第二管区)
昭和56年度 PLH-06 ちくぜん 筑前国 川崎重工神戸工場 1982年4月20日 1983年3月18日 1983年9月28日 福岡(第七管区) 「おきなわ」として転属
おきなわ 沖縄県 2013年10月2日 那覇(第十一管区)
昭和57年度 PLH-07 せっつ 摂津国 住友重工浦賀造船 1983年4月5日 1984年4月21日 1984年9月27日 神戸(第五管区)
昭和62年度補正 PLH-08 えちご 越後国 三井造船玉野造船 1988年3月29日 1989年7月4日 1990年2月28日 新潟(第九管区)
平成9年度 PLH-09 りゅうきゅう 琉球国 三菱重工長崎造船 1998年6月24日 1999年9月10日 2000年3月31日 那覇(第十一管区)
平成10年度第3次補正 PLH-10 だいせん 大山 日本鋼管鶴見造船 1999年3月8日 2001年4月27日 2001年10月1日
2008年3月30日
舞鶴(第八管区)

登場作品[編集]

映画[編集]

BRAVE HEARTS 海猿
「せっつ」が登場。大阪湾タンカーコンテナ船が衝突する海難事故が発生したことを受け、現場に急行し救助活動にあたる。

漫画[編集]

『BUGS LAND 〜箱船のトリトン〜』
第1巻と第2巻に架空船「ぶんご」が登場。尖閣諸島の近海を漂流する謎の貨物船の調査に出動し、貨物船へ臨検に向かう主人公の機動救難士特殊警備隊前線基地となる。船体の特徴から9番艦以降に建造された同型艦だと考えられる。

参考文献[編集]

  1. ^ a b 「警備救難業務用船 (海上保安庁船艇の全容)」、『世界の艦船』第800号、海人社、2014年7月、 69頁、 NAID 40020105550
  2. ^ 杉原高嶺水上千之臼杵知史吉井淳加藤信行高田映 『現代国際法講義』 有斐閣、2008年、174頁。ISBN 978-4-641-04640-5
  3. ^ a b c d e 徳永陽一郎、大塚至毅 『海上保安庁 船艇と航空 (交通ブックス205)』 成山堂書店、1995年ISBN 4-425-77041-2
  4. ^ a b c 邊見正和 『海上保安庁 巡視船の活動 (交通ブックス201)』 成山堂書店、1993年ISBN 4-425-77001-3
  5. ^ a b c d e f g h i 岡田裕「PLHのメカニズム (特集2 海上保安庁のPLH)」、『世界の艦船』第590号、海人社、2001年12月、 146-151頁、 NAID 40002156216
  6. ^ a b c 「海上保安庁 PLHの全容」、『世界の艦船』第762号、海人社、2012年7月、 1-9頁、 NAID 40019332916
  7. ^ Eric Wertheim (2013). The Naval Institute Guide to Combat Fleets of the World, 16th Edition. Naval Institute Press. pp. 383-384. ISBN 978-1591149545. 
  8. ^ 石橋幹夫「見直されるPLH勢力 海上警察権と海上保安庁 (特集 海上保安庁) -- (海上保安庁のヘリコプター搭載型巡視船)」、『世界の艦船』第762号、海人社、2012年7月、 128-133頁、 NAID 40019332994
  9. ^ 佐藤一也「4サイクルディーゼル機関の技術系統化調査」、『国立科学博物館 技術の系統化調査報告 第12集』2008年3月。
  10. ^ a b 海上保安庁装備技術部船舶課「PLHができるまで 船舶工務官の役割 (特集 海上保安庁) -- (海上保安庁のヘリコプター搭載型巡視船)」、『世界の艦船』第762号、海人社、2012年7月、 134-137頁、 NAID 40019333001
  11. ^ a b 「海上保安庁PLHの全貌」、『世界の艦船』第590号、海人社、2001年12月、 53-59頁。
  12. ^ a b 中名生正己「巡視船 武装の歩み(下)」、『世界の艦船』第825号、海人社、2015年11月、 168-173頁、 NAID 40020597434
  13. ^ 真山良文「海上保安庁船艇整備の歩み」、『世界の艦船』第613号、海人社、2003年7月、 193-205頁、 NAID 40005855317
  14. ^ 灘波陽子「212から76C/Dへ 機種転換した海保搭載ヘリ (特集 海上保安庁 2016)」、『世界の艦船』第840号、海人社、2016年7月、 146-151頁、 NAID 40020863515
  15. ^ a b 2009年7月4日付『読売新聞
  16. ^ 鹿児島海上保安部便り Archived 2013年2月7日, at the Wayback Machine.