ちょうかい (護衛艦)

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ちょうかい
DDG-176 Choukai.jpg
基本情報
建造所 石川島播磨重工業東京第1工場
運用者  海上自衛隊
経歴
発注 1993年
起工 1995年5月29日
進水 1996年8月27日
就役 1998年3月20日
要目
基準排水量 7,250トン
満載排水量 9,485トン
全長 161m
全幅 21m
吃水 6.2m
機関 石川島播磨-GE LM2500×4基
100,000ps
COGAG方式、2軸推進
最大速力 30ノット以上
燃料 1,785トン
航続距離 6,000海里(巡航速度:20ノット)
乗員 300名
兵装 54口径127mm単装速射砲 1門
ハープーンSSM 4連装発射機 2基
68式324mm3連装短魚雷発射管 2基
Mk15 Mod2 高性能20mm機関砲(CIWS) 2基
Mk41 VLS 90セル
曳航式デコイMod4
ミサイル防衛対応
C4ISTAR イージスシステム
OYQ-102 対潜情報処理装置
レーダー SPY-1D 対空レーダー
OPS-28D 水上レーダー
OPS-20 航海レーダー
Mk99/SPG-62ミサイル誘導用 3基
81式射撃指揮装置2型-21H
ソナー OQS-102 ソナー
OQR-2 曳航式
電子戦
対抗手段
NOLQ-2 ESM/ECM
Mk137 チャフ 4基
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ちょうかいローマ字JS Chōkai, DDG-176)は、海上自衛隊護衛艦こんごう型護衛艦の4番艦。艦名は鳥海山に因み、旧海軍摩耶型砲艦鳥海」・高雄型重巡洋艦鳥海」に続き日本の艦艇としては3代目。

艦歴[編集]

「ちょうかい」は、中期防衛力整備計画に基づく平成5年度計画7200トン型護衛艦2316号艦[1]として、石川島播磨重工業東京第1工場で1995年5月29日に起工され、1996年8月27日に進水、1998年3月20日に就役し、第4護衛隊群第64護衛隊に編入され佐世保に配備された。先の同型艦3隻が、それまでの従来型ミサイル護衛艦の建造で実績のある三菱重工長崎造船所製であったので、建造技術向上の均質化をはかるべく石川島播磨にも登板の機会を与えたのだとされる。しかしながら、竣工の4年後に石川島播磨東京工場が閉鎖された[2]上、次級であるあたご型護衛艦が2隻とも三菱重工長崎造船所で建造されたこともあり、本艦は海自のミサイル護衛艦として唯一の石川島播磨製であるとともに、2015年11月1日現在で唯一の非三菱重工製ともなっている。

また本艦は姉妹艦の中で、唯一当初よりイージスシステムのベースライン5であり民生部品による低価格化、データリンクの機能向上等が進んでいた。また、リンク16のアンテナを新造時より装備しており、CIWSを長銃身化して弾丸の初速を増し、かつ不審船などへの対水上射撃も可能になったBlock1Bに換装したのも本艦が姉妹艦中、最初である(後に全艦が同じ仕様に改修された)。

1998年11月4日から翌年2月10日までの間、イージスシステムの装備認定試験(SQT)のためハワイに派遣。

2001年5月16日から8月3日の間、護衛艦「ひえい」、「さみだれ」とともに米国派遣訓練に参加。

2004年11月26日テロ対策特別措置法に基づき、護衛艦「おおなみ」、補給艦ましゅう」と共にインド洋に派遣。2005年3月まで任務に従事し、同年5月9日帰国した。

2007年5月16日から8月1日の間、護衛艦「くらま」、「いなづま」とともに米国派遣訓練に参加。

2008年3月26日、護衛隊改編により第2護衛隊群第6護衛隊に編入された。

2012年12月6日、朝鮮民主主義人民共和国が「人工衛星」と自称する弾道ミサイルの発射に備えるため、護衛艦「こんごう」「みょうこう」と共に佐世保から出航し、アメリカ合衆国海軍と連携して迎撃態勢を整える[3]。同月12日、ミサイルは発射されるも領土内に落着する恐れがなくなったため、破壊措置命令の解除を受けて順次撤収した[4]

2014年10月24日第4護衛隊群第8護衛隊に編入された。

2016年6月7日から8月23日までの間、護衛艦「ひゅうが」とともにハワイ及び米国西海岸周辺海空域で実施される米国派遣訓練(RIMPAC 2016)に参加した[5]

定係港は佐世保である。

ミサイル防衛[編集]

2008年9月9日から12月8日の間、BMD機能付加に伴う装備認定試験のためハワイに派遣され、11月19日、海上自衛隊としてはこんごうに続き2度目のRIM-161スタンダード・ミサイル3 (SM-3)による迎撃演習(JTFM-2)をハワイカウアイ島沖で行った。予め時刻を知らせられない条件下で太平洋ミサイル試射場から発射された標的ミサイルの捕捉とSM-3の発射・追尾はできたものの弾頭の軌道姿勢制御装置の不具合により迎撃は失敗した。[6][7]

歴代艦長[編集]

SM-3を発射した「ちょうかい」
歴代艦長(特記ない限り1等海佐
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
1 阿部哲夫 1998.3.20 - 1998.6.30 防大16期 ちょうかい艤装員長 誘導武器教育訓練隊司令
2 鈴木啓三 1998.7.1 - 2000.3.31 誘導武器教育訓練隊教育部長
兼学生隊長 兼研究室長
第31護衛隊司令
3 田中常夫 2000.4.1 - 2001.9.19 護衛艦隊司令部幕僚 第1術科学校教育第3部長
4 坪倉恭司 2001.9.20 - 2002.9.19 防大20期 海上幕僚監部防衛部指揮通信課
指揮通信班長
第1護衛隊司令
5 弘中顯光 2002.9.20 - 2004.3.31 防大21期 護衛艦隊司令部幕僚 海上幕僚監部防衛部
自衛艦隊司令部幕僚
6 廣 文仁 2004.4.1 - 2005.7.31 防大20期 護衛艦隊司令部幕僚 舞鶴海上訓練指導隊司令 就任時2等海佐
2004.7.1、1等海佐
7 平田峰男 2005.8.1 - 2006.8.20 生徒15期 開発隊群司令部幕僚 こんごう艦長 就任時2等海佐
2006.7.1、1等海佐
8 山本克也 2006.8.21 - 2009.4.23 防大26期 海上幕僚監部指揮通信情報部
指揮通信課指揮通信班長
大湊海上訓練指導隊司令
9 岩澤 努 2009.4.24-2010.11.30 防大31期 海上幕僚監部指揮通信情報部
指揮通信課指揮通信体系班長
海上幕僚監部総務部総務課
10 大川 努 2010.12.1 - 2012.7.16 防大32期 海上幕僚監部防衛部装備体系課
艦船体系班長
海上幕僚監部指揮通信情報部情報課
11 小幡哲也 2012.7.17 - 2014.8.31 防大35期 統合幕僚監部防衛計画部計画課 艦艇開発隊
12 中村譲介 2014.9.1 - 2015.11.29 防大34期 第3護衛隊群司令部首席幕僚 かしま艦長
13 佐藤正博 2015.11.30 - 防大37期 海上幕僚監部人事教育部
教育課学校班長

その他[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 石橋孝夫『海上自衛隊全艦船 1952-2002』(並木書房、2002年)
  • 世界の艦船 増刊第66集 海上自衛隊全艦艇史』(海人社、2004年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]