だんぶり長者

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だんぶり長者(だんぶりちょうじゃ)は秋田県岩手県にまたがる伝説である。 主に、盛岡藩鹿角郡の伝承であり、米代川の名前の由来や、大日霊貴神社の縁起を伝えている。

物語の要約[編集]

昔、出羽国の独鈷(とっこ)村(現在の秋田県大館市比内町独鈷)に気立ての良い娘がいた。

ある夜、娘の夢に老人が現れ「川上に行けば夫となる男に出合うだろう」と告げる。お告げ通り、娘は川上の小豆沢(現在の鹿角市八幡平小豆沢)で一人の男に出合い、夫婦となって貧しいながら仲睦まじく暮らした。ある年の正月、また老人が夢に現れ「もっと川上に住めば徳のある人になるだろう」と告げる。夫婦は川をさかのぼり現在の米代川の源流に近い田山村(現在の岩手県八幡平市田山)に移り住み、よく働いた。

ある日、夫が野良仕事に疲れうとうとしていると、一匹のだんぶり(とんぼ)が飛んできて、夫の口に尻尾で2・3度触れた。目を覚ました夫は、妻に「不思議なうまい酒を飲んだ」と話し、二人でだんぶりの後を追った。そして、先の岩陰に酒が湧く泉を発見する。酒は尽きることがなく、飲めばどんな病気も癒された。

夫婦はこの泉で金持ちとなり、多くの人が夫婦の家に集まってきた。人々が朝夕に研ぐ米の汁で川が白くなり、いつしか川は「米代川」と呼ばれるようになった。夫婦には秀子という一人娘がいた。優しく美しい乙女に成長し、やがて継体天皇に仕えて、吉祥姫と呼ばれた。夫婦も天皇から「長者」の称号を与えられ、「だんぶり長者」として人々に慕われた。

年月が過ぎ、夫婦がこの世を去ると、酒泉はただの泉になった。両親の死を悲しんだ吉祥姫は都から戻り小豆沢の地に大日霊貴神社を建てて供養した。この姫も世を去ると、村人達は姫を大日霊貴神社の近くに埋葬し、銀杏の木を植えた。これが、大日霊貴神社の境内にあった大銀杏と言われている。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

だんぶり長者を扱った書籍[編集]

  • 八幡峡花 『だんぶり長者』 だんぶり社、1940年NDLJP:1462943