じゃじゃ馬ならし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
『じゃじゃ馬ならし』 オーガスタス・エッグ

じゃじゃ馬ならし』(英原題:The Taming of the Shrew)は、ウィリアム・シェイクスピアによる喜劇。彼の初期の戯曲の1つであり、1594年に執筆されたと考えられている。


あらすじ[編集]

第一幕の前に、クリストファー・スライという名の酔っ払いを中心人物として、この芝居は「昔の出来事」であると解説する導入部分が語られる。スライは飲み代を払わないために酒場から蹴り出され、外で寝込んでいるところに悪戯好きの領主が通りかかる。この領主は、哀れな酔っぱらいに、スライ自身が領主であると思い込ませようと巧妙な悪戯を仕掛ける。その最中で劇中劇が演じられ、それが以下の部分となるが、この導入部分はあまり上演されない。

タイトルにもなっている「じゃじゃ馬」は、パドヴァの商人バプティスタ・ミノーラの長女カタリーナ・ミノーラを指している。彼女は極端に熱しやすい性格で、誰も彼女を制御することはできなかった。例えば、ある場面では、彼女は妹をイスに縛り付けているし、別の場面では音楽の先生を楽器で殴りつけている。

対して、彼女の妹ビアンカ・ミノーラは、美しくて大人しい性格で、街の貴族の男たちの人気者であった。バプティスタはカタリーナが結婚するまではビアンカを結婚させないと誓う。ビアンカには何人かの求婚者がいたが、そのうちの2人が結託し、ビアンカを自由に取り合いできるよう、姉のカタリーナを結婚させてしまおうと画策する。一方の求婚者グレミオは年を取っていて陰鬱、もう一方のホルテンシオは若くて威勢がいい。

この作戦は、2人のよそ者ペトルーキオとルーセンシオが街に現れたことで複雑になる。ルーセンシオはピサの裕福な商人の息子で、ビアンカに一目ぼれする。一方ヴェローナの紳士ペトルーキオはお金しか眼中にない。

バプティスタがビアンカには先生が必要だと言ったとき、2人の求婚者がその願いをかなえるべく、競って先生を探す。グレミオは、ビアンカを口説く目的で知識人を装っていたルーセンシオに行き会う。ホルテンシオは自分自身で音楽家に変装し、音楽教師としてバプティスタの前に現れる。こうしてルーセンシオとホルテンシオは教師のふりをして、彼女の父に隠れてビアンカを口説こうとする。

その頃ペトルーキオは、カタリーナと結婚したときに持参金として手に入る広大な土地のことを求婚者たちから聞かされる。彼は乱暴者のカタリーナを口説き、彼女の意志は無視して、ケイトと呼び、結婚とその持参金を決めてしまう。と同時に、彼は新妻を「馴らし」始めた。彼女から睡眠を取り上げ、食事をさせない理由をでっち上げ、美しい服を買い与えてはズタズタに切り裂いてしまう。カタリーナはその体験にあまりに動揺したので、ビアンカの結婚式のためにパドヴァへ戻ろうと聞かされたときには、あまりに幸せで返事ができないぐらいであった。彼らがパドヴァに着くまでに、カタリーナの調教は完了しており、もはや彼女はペトルーキオに逆らうことはなかった。彼女は、ペトルーキオがそうしろと言えば太陽を月と呼び、月を太陽と言って、完全に服従したことを示した。

(ルーセンシオが先生をしている間、彼の召使いが主人の振りをするといった複雑な挿話のあと)ビアンカはルーセンシオと結婚することになる。ホルテンシオはビアンカを諦め、金持ちの未亡人と結婚。宴会の間に、ペトルーキオは自分の妻を、以前は手が付けられなかったが今では従順だと言って自慢した。ペトルーキオは、それぞれの妻を呼びに召使いを遣って、妻が最も従順にやってきたものが賭け金を取るという賭けを申し出た。バプティスタは、じゃじゃ馬のカタリーナが従順になったとは信じなかったので、賭け金に加えて巨額の追加の持参金を申し出た。

カタリーナはただ一人呼び出しに応じて、ペトルーキオに追加の持参金を勝ち取らせた。劇の終わりに、他の2人の妻が呼び出された後、カタリーナは妻は常に夫に従うべきだという演説をする。

分析[編集]

本作はきわめて多様な解釈が可能な作品である[1]。とりわけカタリーナが妻の従順さを称揚する最後のスピーチの場面の解釈・演出は、長年にわたり批評家や演出家の頭を悩ませ続けている[2]。ペトルーキオがカタリーナを食べさせない、眠らせないといった手法で従順な女に変身させるという筋はフェミニスト批評の文脈で批判されることが多いが、それ以前から既に本作の暴力性、ミソジニーは注目されていた[3]。リンダ・ブースは、ジョン・フレッチャー1611年に本作の続編『女の勝利またの名じゃじゃ馬馴らしが馴らされて』(The Tamer Tamed)を発表したことなどに着目し、『じゃじゃ馬ならし』はシェイクスピアの時代の基準からしても必ずしも観客にとって居心地が良い芝居ではなかった可能性を指摘している[4]。本作における性差別的な側面に対する批判の急先鋒がジョージ・バーナード・ショーであり、この芝居について「まともな感情を持った男であれば、賭けや女性自身の口から発せられる演説に示されている、偉ぶった男どものモラルに強く恥じ入ることなしには、女性とともに芝居を終わりまで見ていることなどできるわけがない」と述べ、『じゃじゃ馬ならし』への批判を反映する戯曲『ピグマリオン』を執筆したほどである[5]

一方でペトルーキオがカタリーナを変身させるために非常に苦労したことを強調したり、ペトルーキオに調子を合わせたカタリーナのほうが一枚上手であるということに着目することで、本作が性差別的作品であるという分析に論駁する批評もあり、こうしたポジティヴな解釈に基づく上演も存在する[6]。キャロル・トーマス・ニーリーはカタリーナとペトルーキオの関係性に関して、暴力性よりは2人の間に愛が介在していることを強調する分析を行っている[7]。また、カタリーナとペトルーキオが両方とも世間に居場所が無く問題をかかえた孤独な若者であり、2人が心を通わせるまでの課程が重要であると考える批評や上演も存在する[8]。しかしながらこうした解釈に対してバーバラ・ホジドンは、どのような演出を行っても、最後の場面が観客に「幸せな強姦とでもいうような場面」と受け取られる可能性があることを念頭におかなければならないと指摘している[9]

派生作品[編集]

後世、数多くの作品が「じゃじゃ馬ならし」から派生した。コール・ポーターのミュージカル『キス・ミー・ケイト』、ヴォルフ=フェラーリのオペラ『スライ』、及び2000年のブラジルのテレビドラマ『O Cravo e a Rosa』などがある。

映画化も何度もされており、1908年にD・W・グリフィスがサイレント作品として映画化したのが最初とされている。1929年には当時の大スター、メアリー・ピックフォードダグラス・フェアバンクス主演で制作された(邦題:じゃじゃ馬馴らし)。1967年にはフランコ・ゼフィレッリ監督、エリザベス・テイラーリチャード・バートン主演で映画化(邦題:じゃじゃ馬ならし)。1999年には舞台をアメリカのハイスクールに置き換えた『恋のからさわぎ』(10 Things I Hate About You)がヒットしている。

連続テレビドラマ『こちらブルームーン探偵社』でも、主な登場人物が「じゃじゃ馬ならし」の喜劇的なパロディーを演じる回("今宵はシェークスピア")があった。

ジョン・フレッチャーによる続編『女の勝利またの名じゃじゃ馬馴らしが馴らされて』は、1611年に書かれ、2004年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの手により再演されている。

脚注[編集]

  1. ^ 本節の先行研究レビューは北村紗衣「「シンデレラストーリー」としての『じゃじゃ馬ならし』 : アメリカ映画『恋のからさわぎ』におけるシェイクスピアの読みかえ」New Perspective 45.2 (2014): 35-49を参考としている。
  2. ^ Frances E. Dolan, The Taming of the Shrew: Texts and Contexts. Boston: Bedford, 1992, pp. 32 - 38.
  3. ^ E. K. Chambers, Shakespeare: A Survey. 1925. Harmondsworth: Penguin Books, 1965, p. 38.
  4. ^ Linda E. Boose, “Scolding Brides and Bridling Scolds: Taming the Woman’s Unruly Member", Shakespeare Quarterly 42 (1991): 179-213, p. 179.
  5. ^ George Bernard Shaw, Shaw on Shakespeare. Ed. Edwin Wilson. London: Cassell,1961, p. 180.
  6. ^ Coppelia Kahn. Man’s Estate: Masculine Identity in Shakespeare. Berkeley: U of California P, 1981, pp. 82 -118; Marianne Novy. Love's Argument: Gender Relations in Shakespeare. Chapel Hill: North Carolina P, 1984, pp. 43 - 62 ; 河合祥一郎『シェイクスピアの男と女』、中央公論社、2006年、p. 85;
  7. ^ Carol Thomas Neely. Broken Nuptials in Shakespeare's Plays. New Haven: Yale UP, 1985, 28 - 21.
  8. ^ 小林かおり『じゃじゃ馬たちの文化史--シェイクスピア上演と女の表象』南雲堂、2007、pp. 305 - 11。
  9. ^ Barbara Hodgdon. The Shakespeare Trade: Performances and Appropriations. Philadelphia: U of Pennsylvania P, 1998, p. 8

外部リンク[編集]