しまね丸 (タンカー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
被爆大破した「しまね丸」(1945年7月28日撮影)

しまね丸(しまねまる)は、第二次世界大戦中に日本で建造されたタンカーである。1TL型戦時標準船を元に飛行甲板を装備した護衛空母兼用の設計で、特1TL型と呼ばれる型式の1番船。

艦歴[編集]

特1TL型として川崎造船所1944年(昭和19年)6月8日に起工、同年12月19日に進水、1945年(昭和20年)2月29日に竣工した。大日本帝国海軍の所有ではなく、石原汽船を船主とする民間の商船である。竣工後も特設艦船として徴用するのではなく、民需輸送のかたわらで軍需輸送に協力する海軍配当船としての運用を予定した。

竣工直後、3月17日の神戸大空襲(1回目)の時、神戸港内南側の18番浮標に係留中、米軍機の爆撃により損傷を受け(船員6名戦死)予定していた兵員の乗り込みは中止された。

これに加え、戦局の悪化による航空機、燃料の不足などのため実際に任務に就くことはなく、応急修理の後、4月初旬から香川県志度湾疎開し、植木や迷彩などで擬装した。1945年(昭和20年)7月24日、同地でイギリス海軍艦載機の攻撃を受け前部飛行甲板に爆弾3発命中、ロケット弾多数被弾して大破、船体は二つに折れ後部が着底した。

終戦後の1948年、解体するために引き揚げられることとなり、その際、地元の有志がマストを貰い受け、警鐘台として活用した。現在は「志度町消防団 鴨庄台部屯所」前にあったマストが、高松市屋島四国村(民家博物館)に移設されている。英軍機の機銃掃射による弾痕も残されている。

性能[編集]

側方から見た大破着底状態の「しまね丸」。
  • 排水量 20,469t
  • 全長 160.5 m
  • 全幅 20 m
  • 重油ボイラー2基、蒸気タービン1基 8500馬力
  • 速力 18.5kt
  • 搭載機 12機(主に九三式中間練習機。他機種の運用も想定)
  • 重油10,000t積載

同型船[編集]

  • 大滝山丸(未成)
  • 大邱丸(未成、戦後タンカーとして就役)
  • 大社丸(未起工)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]