さとう一声

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さとう 一声 (さとう いっせい、1947年1月15日 - )は、日本アナウンサーリポーターラジオパーソナリティー司会者実業家。 実業家としては廣井 正一(ひろい まさかず[1])名義で坂東まちづくり代表取締役社長を務めている[2]

新潟県小千谷市出身[1]オフィスケイアール業務提携。

経歴[編集]

新潟県立長岡高等学校学習院大学文学部哲学科を卒業後、1970年に日本教育テレビ(NET・現在のテレビ朝日)へ入社。テレ朝時代はアナウンサーの他、海外特派員、番組ディレクタープロデューサーを経験する。アナウンサー時代は、ニュース、天気予報、スポーツ中継(ボウリング、カーレースなど)、音楽番組、寄席番組などを担当した。 報道部所属になってからは、成田空港反対闘争のリポートを初め、国連平和会議(ニューヨーク)、IBMスパイ事件(サンノゼ)、中村輝夫の帰還(ジャカルタ)、「昭和丸」座礁(シンガポール)など、遊軍として、多数の海外取材にもあたった。 また国内では、事件・事故、気象、厚生関係の取材を担当、伊豆半島沖地震や、中国残留孤児の取材リポートにあたった。

1987年、40歳を迎え、デスクワークを任されたのを機に「現場に居続けたくて」とテレビ朝日を退社[1]日本テレビと専属フリーリポーター契約を結び[1]、『ルックルックこんにちは』では事件・事故のリポーターとして活躍した。 海外の取材も多く、ダイアナ妃の事故死とその葬儀(ロンドン)、台湾大地震、グアムの大韓航空機墜落事故などのリポートにあたるほか、「統一教会」や「オウム真理教」に関しての徹底取材でも知られる[1]。 『ルックルックこんにちは』終了後は、大学時代にアルバイトを務めたRFラジオ日本や、茨城放送にてラジオのパーソナリティー[1]などのかたわら、2007年12月1日から、日本BS放送(BS11)の立ち上げに関わり、『BS11ニュース』などを、アナウンサー兼ニュースデスクとして担当した。

2016年5月18日、坂東まちづくり代表取締役社長に一般公募により就任[3][2]

政歴[編集]

2011年4月、統一地方選挙東京都文京区議会議員選挙に無所属で立候補するも落選した。

現在の出演番組[編集]

過去の担当番組[編集]

  • ルックルックこんにちは(1987年4月 - 2001年3月、日本テレビ)リポーター
  • レッツ!(2001年4月 - 2002年3月、日本テレビ)ナレーター
  • トゥナイト(テレビ朝日)リポーター
  • ニュースステーション(テレビ朝日)ナレーター
  • ミュージック・サンデー(RCCラジオ)パーソナリティ
  • ショップチャンネル(ジュピターショップチャンネル)ゲスト&キャスト
  • 朝はここから!(2002年1月 - 2003年3月、RFラジオ日本)パーソナリティ
  • 素顔のままで!(2005年10月 - 2006年3月、RFラジオ日本)パーソナリティ
  • 彩木しほ・大見麻華の音の祭典(2009年4月 - 2009年12月、チバテレ)司会
  • 日本一!長岡の大花火〜未来へとどけ(2010年8月14日、BS11)司会
  • ふれラジいばらき(2011年10月 - 2012年3月、茨城放送)パーソナリティ
  • 夕刊ほっと(2012年4月 - 2013年3月、茨城放送)パーソナリティ

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f “<ひと物語>「坂東まちづくり」初代社長に就任 広井正一さん(69)”. 東京新聞茨城版 (中日新聞社). (2016年10月3日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201610/CK2016100302000167.html 2016年10月14日閲覧。 
  2. ^ a b 坂東まちづくり株式会社 第1回通常株主総会開催 (PDF) 」 、『広報坂東』No.136、坂東市、2016年7月21日、 2頁、2016年10月15日閲覧。
  3. ^ “まちづくり3セク発足 坂東、社長に広井氏就任へ”. 茨城新聞 (茨城新聞社). (2016年4月12日). http://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=14603779713792 2016年10月14日閲覧。 

外部リンク[編集]