かわさきテクノピア

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多摩川の対岸の東京都大田区側より。川沿いの3棟は左から興和川崎西口ビル、川崎テックセンター、川崎東芝ビル。左奥に見えるのは川崎駅前タワー・リバーク

かわさきテクノピアは、神奈川県川崎市幸区堀川町、幸町一丁目及び幸町二丁目の再開発地域

概要[編集]

1983年3月、川崎市が総合計画「2001かわさきプラン」を策定し、1984年12月、都市再開発方針2号地区として川崎駅西口を指定した[1]。 1985年5月、川崎駅西口地区の再開発の一環として、1983年に千葉県市原市へ移転し閉鎖された明治製糖、1989年に閉鎖された明治製菓川崎工場跡地に川崎市が「かわさきテクノピア構想」を発表[2]。製糖の跡地を第1街区、製菓の跡地を第2街区と分かれて開発する事となる。第1街区はオフィスビル、研究所と住宅で、第2街区はオフィス、商業施設の複合施設と区分けれされている[3]
1988年7月に第1特定街区が完成。1990年11月に第2特定街区の都市計画が決定し、その後着手し1995年7月に完成した。

主な施設[編集]

第1街区[編集]

主に住宅・都市基盤整備公団と興和不動産が中心となり土地開発を主導した

オフィス棟[編集]

東芝半導体システム技術センター(川崎東芝ビル
  • 竣工:1987年
リクルート川崎テクノピアビル[4][5]川崎テックセンター
1997年12月、資産圧縮の一環でコロニー・キャピタルケネディ・ウィルソン・インクに売却。その後、2007年にルビコン・ジャパン・ウエストに売却される[6][7]
川崎産業振興会館
  • 発注:川崎市
  • 設計:株式会社相和技術研究所
  • 竣工:1988年7月
興和川崎西口ビル
  • 階数:地上21階、地下2階
  • 竣工:1988年2月29日

住宅棟[編集]

公団堀川町ハイツ→URかわさきテクノピアハイツ

第2街区[編集]

オフィス棟[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大都市行政制度に関する調査研究報告書 自治調査センター
  2. ^ [1]
  3. ^ アーカイブされたコピー”. 2015年9月23日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年8月18日閲覧。
  4. ^ リクルート事件の発祥の建物
  5. ^
  6. ^ 「不動産投資市場の研究」 金惺潤著 P48
  7. ^ [2]
  8. ^ 清水建設20周年作品
  9. ^
  10. ^ 当該地域の開発利益供与事件を端に発して発覚した事件